一人親方の法人化|建設業での判断
「取引先から法人にしてほしいと言われました」。建設業で一人親方として働いてこられた方から、こうしたご相談が増えています。税金の損得を考える前に、相手の都合で判断が迫られているという状況です。
結論からお伝えすると、建設業の一人親方が法人化を考えるときは、税制より先に建設業許可・社会保険・労災保険の3つを確認する必要があります。とくに労災保険は、法人化にともなって加入の枠組みが変わることがあり、切替えを忘れると無保険の期間が生じます。
税理士法人Light UPでは、建設業の法人化のご相談で、この3点を先に整理しています。税負担の試算は、その後で意味を持つという順序だからです。
この記事では、建設業許可の財産的基礎、社会保険の加入が許可要件になったこと、労災保険の特別加入がどう変わるか、元請との取引とインボイス、外注費と給与の区分、そして法人化の判断の順番を整理します。
建設業では税制より先に決まることがある
結論: 許認可の要件と元請の方針が先にあり、その枠の中で税制上の判断をすることになります。順序を逆にすると、後から資本金を積み増すことになります。
元請の方針で決まる場面
大手の元請やゼネコンでは、直接契約する相手を法人に限定している場合があります。また、社会保険に加入していない事業者を下請から外す取扱いも、建設業界では広く行われています。取引を続けられるかどうかが先にあり、税制上の損得は後から乗るという構造です。この場合、法人化するかどうかではなく、いつどう法人化するかが論点になります。取引先の担当者に条件を確認できるのであれば、早い段階で聞いておくほうが計画を立てやすくなります。
許可の要件が資本金の額を決める
建設業許可を取るつもりがあれば、財産的基礎の要件が資本金の額を実質的に決めます。設立したばかりの会社には決算書がないため、資本金の額でこの要件を満たすことになります。税制上は1,000万円未満が有利でも、許可の要件が500万円なら、その間で決めるという形になります。幸い、この2つは両立します。500万円で設立すれば、許可の要件を満たしつつ、消費税と均等割の区分も有利な側に収まります。
税負担の試算は最後に置く
上の2つが固まってから、はじめて税負担の比較に意味が出ます。順序を逆にして、税制上の最適な資本金を先に決めてしまうと、許可の要件を満たせずに増資と変更登記をやり直すことになります。手続をやり直す費用と時間が、税負担の差より大きくなることも珍しくありません。判断の順番そのものが、コストに影響します。許可の申請には審査の期間もかかるため、資本金をやり直すと受注の計画まで後ろにずれます。
建設業許可の財産的基礎
結論: 一般建設業では自己資本500万円以上、または500万円以上の資金調達能力があること。特定建設業ではさらに厳しい要件が加わります。
条文上の位置づけ
建設業法7条は許可の基準を定めており、その4号として「請負契約(第三条第一項ただし書の政令で定める軽微な建設工事に係るものを除く。)を履行するに足りる財産的基礎又は金銭的信用を有しないことが明らかな者でないこと」を挙げています。e-Gov 法令検索で条文を確認できます。条文には金額が書かれておらず、具体的な基準は許可行政庁の審査基準で定められているという構造です。一般建設業では、自己資本500万円以上か、500万円以上の資金を調達する能力があることが基準とされています。
設立直後は資本金でしか示せない
自己資本500万円という要件は、通常は直前の決算書の純資産で判断されます。しかし設立したばかりの会社には決算書がありません。この場合、創業時の財務諸表、つまり資本金の額で判断されることになります。500万円未満で設立すると、1期目は許可を取れない可能性が高いということです。資金調達能力を金融機関の残高証明書で示す方法もありますが、確実なのは資本金で満たしておくことです。
特定建設業はさらに厳しい
元請として一定額以上を下請に出す場合は、特定建設業の許可が必要です。この場合、資本金2,000万円以上かつ自己資本4,000万円以上という要件に加え、欠損の額や流動比率についても基準があります。1,000万円未満という税制上のラインとは両立しません。特定建設業を目指す段階では、設立1期目から消費税の課税事業者になることを前提に資金計画を立てることになります。下請に出す金額の基準は改正されることがあるため、申請の時点で確認が必要です。
| 区分 | 財産的基礎の目安 | 消費税の判定への影響 |
|---|---|---|
| 許可が不要(軽微な工事のみ) | 定めなし | 資本金1,000万円未満なら影響なし |
| 一般建設業 | 自己資本500万円以上、または500万円以上の資金調達能力 | 500万円なら1,000万円未満に収まる |
| 特定建設業 | 資本金2,000万円以上かつ自己資本4,000万円以上 | 設立1期目から課税事業者になる |
※金額は許可行政庁の審査基準によります。詳細は許可を受ける都道府県または国土交通省の窓口で確認できます。
社会保険の加入は許可の要件
結論: 令和2年10月から、適切な社会保険への加入が建設業許可の要件に位置づけられています。法人化すれば加入は義務なので、この点では法人化が要件を満たす方向に働きます。
法人は加入が義務
厚生年金保険法6条1項は、適用事業所として「国、地方公共団体又は法人の事業所又は事務所であつて、常時従業員を使用するもの」を挙げています。e-Gov 法令検索で条文を確認できます。法人であれば、社長1人でも役員報酬を支払っていれば適用事業所になります。健康保険も同じ構造です。個人事業では従業員5人未満なら任意でしたが、法人化するとこの選択がなくなります。
建設業界の流れ
社会保険に加入していない事業者を下請から外す取扱いは、建設業界で広く行われています。加入の有無が確認される場面も増えており、未加入のままでは受注できる工事が限られていきます。社会保険料の負担は増えるものの、受注の機会を確保するための費用という見方もできます。この点は、他の業種の法人化とは事情が違うところです。個人事業のままで従業員が5人以上になった場合も加入が義務になるため、いずれ通る道でもあります。
保険料の負担を試算に入れる
社会保険料は報酬の約30パーセントで、会社と個人で折半します。一人社長の会社では、会社が負担する分も自分の会社から出ていくため、実質的には全額の負担です。国民健康保険と国民年金の合計と比べると、報酬の水準によっては増えます。法人化で最も増えるのは税金ではなく社会保険料という点は、建設業でも変わりません。役員報酬をいくらに設定するかで、この負担は大きく動きます。
労災保険の枠組みが変わる
結論: 一人親方として特別加入していた方は、法人化にともなって加入の区分を確認する必要があります。切替えの手続を忘れると、保険のない期間が生じます。
一人親方の特別加入とは
労働者災害補償保険法33条3号は、特別加入の対象として「厚生労働省令で定める種類の事業を労働者を使用しないで行うことを常態とする者」を挙げています。e-Gov 法令検索で条文を確認できます。建設業はこの対象事業に含まれており、一人親方はこの規定に基づいて特別加入することになります。労災保険は本来、労働者を対象とする制度なので、事業主である一人親方は特別加入という枠組みで守られています。
労働者を使用するようになった場合
法人化して従業員を雇うようになると、状況が変わります。同法33条1号は「厚生労働省令で定める数以下の労働者を使用する事業…の事業主…(事業主が法人その他の団体であるときは、代表者)」を特別加入の対象としており、こちらは労働保険事務組合に労働保険事務の処理を委託することが要件です。一人親方の特別加入から、中小事業主等の特別加入へ移るという形になります。加入先の団体も手続も変わるため、事前の確認が必要です。
切替えを忘れると無保険になる
最も避けたいのは、一人親方としての特別加入をやめたのに、新しい枠組みへの加入が完了していない期間が生じることです。この期間に事故が起きても、労災保険からの給付は受けられません。現場に入れなくなる可能性もあるため、元請から加入証明を求められる建設業では実務上の影響も大きくなります。法人化の日程を決める段階で、労災保険の手続の日程も一緒に組んでおく必要があります。加入している団体や労働保険事務組合に、法人化の予定を早めに伝えておくのが確実です。
元請との取引とインボイス
結論: インボイス制度への対応は、法人化とは別の論点です。ただし建設業では、免税事業者であることが取引の条件に影響しやすい業種です。
元請が仕入税額控除を求める
元請が課税事業者であれば、下請への支払について仕入税額控除を受けたいと考えます。下請が適格請求書発行事業者でなければ、控除できる金額が減ります。経過措置の期間中は一定割合の控除が認められているものの、その割合は段階的に下がっていきます。この構造から、登録を求められる場面が建設業では多くなっています。取引の条件として明示されなくても、実質的に選ばれにくくなるという形で表れます。
登録すると法人化の免税期間は使えない
適格請求書発行事業者として登録している場合、売上の金額にかかわらず課税事業者です。法人化によって基準期間がリセットされても、登録している限り免税にはなりません。法人化で消費税の免税期間を作るという発想は、建設業ではほぼ成立しないということです。登録を続けるのであれば、消費税の負担は法人化の前後で変わりません。免税期間を前提に資金計画を立てると、見込みが狂います。
簡易課税の選択
課税事業者になる場合、簡易課税を選ぶという選択肢があります。建設業のみなし仕入率は第三種事業で70パーセントです。材料を元請から支給される形態が多く、実際の課税仕入れが少ない事業では、簡易課税のほうが納付額が小さくなることがあります。基準期間の課税売上高が5,000万円以下であることが要件で、適用を受ける課税期間の開始日の前日までに届出が必要です。法人化のタイミングで選び直せる場面でもあります。
外注費と給与の区分
結論: 法人化した後も、職人への支払いを外注費とするか給与とするかの判断は残ります。区分を誤ると、消費税と源泉徴収の両方に影響します。
判断は契約の名称では決まらない
外注費として処理していても、実態が雇用に近ければ給与と判断されます。判断の材料になるのは、代替性があるか(本人以外の者が作業を行っても契約上問題がないか)、指揮監督を受けているか、材料や用具を誰が用意しているか、報酬が時間で決まっているか、といった点です。契約書の表題が請負契約であっても、実態で判断されるという点は変わりません。建設業では、この区分が問題になる場面が比較的多くなっています。
影響する範囲
外注費であれば、支払額に含まれる消費税は仕入税額控除の対象になり、源泉徴収も不要です。給与と判断されると、仕入税額控除ができなくなり、源泉徴収の義務も生じます。過去に遡って修正が求められると、消費税と源泉所得税の両方で追加の負担が発生することになります。社会保険の加入義務にも波及するため、影響の範囲は広くなります。
記録を残す
区分の判断を説明できるようにしておくことが、実務上の備えになります。契約書、請求書、作業の指示の方法、用具の負担関係。これらの記録が揃っていれば、外注として処理している根拠を示せます。形式を整えるだけでなく、実態がそれに合っていることが前提です。実態が雇用に近いのであれば、給与として処理するほうが後の負担は小さくなります。
法人化を進める手順
結論: 資本金と許可の要件を先に固め、社会保険と労災保険の手続を法人化の日程に組み込みます。税務の届出はその後です。
設立前に決めること
資本金の額、事業年度、役員の構成、本店の所在地。このうち資本金は許可の要件と消費税の判定の両方に関わるため、最初に決めます。一般建設業を目指すなら500万円が現実的な選択です。事業年度は、繁忙期と決算作業が重ならない時期を期末に設定すると実務が回りやすくなります。建設業では年度末に工事が集中することが多いため、3月決算を避ける選択もあります。
設立後すぐに行う手続
法人設立届出書、青色申告の承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書。青色申告の承認申請には期限があり、設立の日以後3か月を経過した日と最初の事業年度終了の日のうち、いずれか早い日の前日までです。この期限を過ぎると1期目は青色申告ができません。あわせて、社会保険の新規適用届を事実の発生から5日以内に提出します。届出の数が多いため、一覧にして順に消し込む方法が確実です。
建設業許可の申請
許可の申請は、法人の登記が完了してからになります。経営業務の管理責任者と営業所技術者の要件も満たす必要があるため、実務経験の証明資料を早めに揃えておきます。個人事業時代の経験を証明する資料が必要になるので、過去の契約書や請求書は保管しておくことをお勧めします。審査には期間がかかるため、受注の計画から逆算して申請の時期を決めます。
事例:労災保険の切替えが抜けていた方
内装工事の一人親方として10年ほど働いてこられた方から、法人化のご相談をいただきました。元請から法人化を求められたことがきっかけでした。
資本金は500万円で設立し、建設業許可の申請も進めていました。
税務と社会保険の手続は予定どおりでした。
問題が見つかったのは、労災保険です。一人親方として加入していた団体には法人化の連絡をしておらず、法人としての手続も始まっていませんでした。従業員を1人雇う予定があったため、労働保険の成立届も必要な状況でした。
現場に入る前に気づいたため、実害は生じていません。
ただ、元請から加入証明の提出を求められる直前でした。対応として、労働保険の成立届を提出し、代表者については労働保険事務組合を通じた特別加入の手続を行いました。法人化の日程を組む段階で、労災保険の手続を入れていなかったことが原因です。税務と社会保険は意識されやすい一方、労災保険は抜けやすいという点が、この事例から見えたところです。
よくある質問
一人親方は法人化したほうがよいですか?
資本金はいくらにすればよいですか?
労災保険はどうなりますか?
法人化すると消費税は免税になりますか?
社会保険料はどれくらい増えますか?
職人への支払いは外注費でよいですか?
まとめ:許可と保険を先に、税金は後に
建設業の一人親方が法人化を考えるときは、税制より先に3つを確認します。建設業許可の財産的基礎、社会保険の加入、そして労災保険の枠組みです。
資本金は500万円が現実的な選択になります。一般建設業の財産的基礎の要件を満たしつつ、消費税の判定で不利になる1,000万円のラインを下回るためです。この2つは両立します。
最も抜けやすいのが労災保険です。一人親方としての特別加入から、法人としての枠組みへ移る手続が必要になる場合があり、間に空白ができると保険のない期間が生じます。法人化の日程を組む段階で、この手続も一緒に入れておく必要があります。
消費税については、適格請求書発行事業者として登録している限り、法人化しても免税にはなりません。建設業では元請から登録を求められることが多いため、免税期間を期待した設計は成立しにくくなっています。
税負担の試算は、これらが固まってから行います。順序を逆にすると、資本金の積み増しや手続のやり直しが発生し、その費用が税負担の差を上回ることもあります。
税理士法人Light UPでは、建設業の法人化について、許可の要件と税務の両面からのご相談を承っています。お気軽にお問い合わせください。
出典
- e-Gov 法令検索「建設業法」(昭和二十四年法律第百号)第3条、第7条
- e-Gov 法令検索「労働者災害補償保険法」(昭和二十二年法律第五十号)第33条
- e-Gov 法令検索「厚生年金保険法」(昭和二十九年法律第百十五号)第6条
- e-Gov 法令検索「消費税法」(昭和六十三年法律第百八号)第12条の2、第37条
- e-Gov 法令検索「法人税法」(昭和四十年法律第三十四号)第122条




