法人化のシミュレーション|所得別の負担比較
「実際に計算してみたいのですが、何をどう並べればよいですか」。法人化の検討が進んだ段階で、必ず出てくるご質問です。比較表を見ても自分に当てはまるか分からない、というのが正直なところだと思います。
結論からお伝えすると、比較に必要な項目は個人側が4つ、法人側が5つです。個人は所得税・住民税・個人事業税・国民健康保険料。法人は法人税等・役員報酬にかかる所得税と住民税・社会保険料の労使合計・均等割です。この9項目を同じ前提で並べれば、比べられる形になります。
税理士法人Light UPでは、ご相談の際に前提条件を先に紙に書き出していただくようにしています。前提が違えば結論も変わるため、他の方の試算をそのまま当てはめることができないからです。
この記事では、比較の手順、前提条件の置き方、所得400万円から1,200万円までの負担のイメージ、社会保険料が結論を動かす仕組み、そして試算のときに間違えやすい点を整理します。数字はあくまで一般的な前提を置いた目安であり、実際の税額は個々の事情によって変わります。
比較の前に決める3つの前提
結論: 事業の利益、家族構成、役員報酬の額。この3つを決めないと計算が始まりません。とくに役員報酬の額は、結論そのものを動かします。
事業の利益を1つに決める
比較の出発点は、事業が生み出す利益です。個人事業であれば青色申告特別控除を引く前の事業所得、法人であれば役員報酬を差し引く前の利益に当たります。この金額を同じにして比べることが前提です。売上や経費の見込みが変わると当然結論も変わるため、直近の実績か、確度の高い見込みを使います。事業が成長中で利益が毎年伸びている場合は、2年後や3年後の水準で試算するほうが実態に近くなります。法人化には手続の費用と時間がかかるため、いま現在の利益だけで判断すると、すぐに前提が古くなります。
家族構成と扶養を確認する
配偶者の有無、子どもの人数と年齢、同居の親族。これらが所得控除と社会保険の両方に影響します。とくに社会保険では、被扶養者の分の保険料がかからない一方、国民健康保険は世帯の人数と所得で保険料が決まります。家族が多いほど法人側が有利になりやすいという傾向は、この違いから生まれます。配偶者が国民年金の第3号被保険者になれるかどうかも確認しておきます。配偶者に一定以上の給与収入がある場合は該当しません。
役員報酬の額を仮に置く
法人側の計算では、社長に支払う役員報酬の額を決める必要があります。ここが最も結果を動かす部分です。報酬を高くすれば個人の所得税と社会保険料が増え、会社の利益は減ります。報酬を低くすれば逆になります。まず生活に必要な額を置き、そこから調整するという順序が現実的です。会社に利益を残しても、いずれ役員報酬か配当として個人に移す必要があるため、留保した分がそのまま得になるわけではありません。
個人側の4項目
結論: 所得税、住民税、個人事業税、国民健康保険料。この4つを積み上げます。国民年金保険料は定額なので、法人側と比べる際は差の要因になりません。
所得税と住民税
事業所得から青色申告特別控除と所得控除を差し引き、課税所得を出します。所得税は5パーセントから45パーセントの累進で、住民税の所得割は一律10パーセントです。所得控除の額が所得税と住民税で違う点に注意してください。基礎控除や配偶者控除は住民税のほうが小さく設定されているため、課税される金額は住民税のほうが大きくなります。所得税がゼロでも住民税が発生する場面があるのは、この差によるものです。あわせて、住民税には所得に関係なくかかる均等割もあります。
個人事業税
事業所得から事業主控除290万円を差し引いた額に、業種に応じた3パーセントから5パーセントの税率を掛けます。e-Gov 法令検索で地方税法72条の49の14を確認すると、事業主控除について「事業を行う個人については、当該個人の事業の所得の計算上二百九十万円を控除する」と定められています。青色申告特別控除は個人事業税の計算では差し引けないため、所得税の計算とは金額が変わります。所得が290万円以下なら発生しないという点は、所得が小さい段階での比較で重要になります。また、法定業種に該当しない事業であれば課税されません。文筆業のように対象外とされる業種があるため、自分の事業がどの区分に当たるかを都道府県に確認してください。
国民健康保険料
前年の所得をもとに計算され、世帯の人数によっても変わります。保険料の計算方法は自治体によって違うため、正確な金額は自治体の試算ツールか前年度の通知書で確認するのが確実です。上限額が設けられているため、所得が一定以上になると保険料は増えなくなります。この上限に達しているかどうかで、法人化による社会保険料との比較の結果が変わります。国民健康保険料は所得に対して一定の割合で増えていくため、所得が大きい世帯ほど上限に近づきます。
法人側の5項目
結論: 法人税等、役員報酬にかかる所得税と住民税、社会保険料の労使合計、均等割。会社に残る分と個人に残る分を合算して見ます。
法人税等
会社の利益から役員報酬を差し引いた残りが、法人の課税所得です。ここに法人税、地方法人税、法人住民税の法人税割、法人事業税がかかります。資本金1億円以下の中小法人であれば、所得800万円以下の部分に軽減税率が適用されます。e-Gov 法令検索で法人税法66条2項を確認すると、この軽減について「各事業年度の所得の金額のうち年八百万円以下の金額については、同項の規定にかかわらず、百分の十九の税率による」と定められています(租税特別措置法により、当分の間は15パーセントに引き下げられています)。実効税率でおおむね20パーセント台から33パーセント台という水準です。所得が800万円を超えると税率の区分が上がるため、役員報酬をどこまで出すかの判断にも関わります。なお、法人事業税は支払った期の損金になるため、実効税率の計算ではその分が調整されています。
役員報酬にかかる所得税と住民税
役員報酬は給与所得になるため、給与所得控除を差し引いてから所得控除を引きます。個人事業の所得には給与所得控除がないため、同じ金額でも課税される額が小さくなるという点が法人側の有利な部分です。ただし、報酬を高くすると累進税率の高い区分に入るため、この効果は無限には続きません。給与所得控除には上限があり、収入850万円を超えると195万円で頭打ちになります。それ以上は報酬を増やしても控除は増えません。
社会保険料と均等割
健康保険と厚生年金の保険料は、標準報酬月額に保険料率を掛けて計算します。会社と個人で折半しますが、一人社長の会社では会社が負担する分も自分の会社から出ていくため、実質的には全額の負担です。保険料率は合わせておおむね30パーセント前後で、報酬の額に比例して増えます。厚生年金には標準報酬月額の上限があるため、報酬が一定以上になると保険料は頭打ちになります。均等割は資本金1,000万円以下・従業者50人以下であれば年7万円です。
| 項目 | 個人事業 | 法人 |
|---|---|---|
| 所得に対する税 | 所得税(5〜45%)+住民税(10%) | 法人税等(実効税率20〜34%程度)+役員報酬への所得税・住民税 |
| 給与所得控除 | なし | あり(上限195万円) |
| 事業税 | 個人事業税(事業主控除290万円) | 法人事業税(控除なし) |
| 医療・年金 | 国民健康保険+国民年金 | 健康保険+厚生年金(労使合計で報酬の約30%) |
| 赤字のときの負担 | なし | 均等割が年7万円 |
所得の水準で結果はどう動くか
結論: 所得が小さい段階では個人が有利で、大きくなると法人が有利に転じます。ただし転じる位置は前提によって動きます。
利益400万円前後の場合
この水準では、個人事業税がほぼ発生しないか小さく、所得税の税率区分も低いままです。一方、法人化すると均等割7万円と税理士費用が新たに発生し、社会保険料も国民健康保険料を上回ることがあります。法人化のコストが、税率の差を上回りやすい帯です。役員報酬をどう置いても、会社の利益がほとんど残らないため、法人税率の低さを活かす余地も限られます。この段階では、個人のままで青色申告特別控除や小規模企業共済を使い切るほうが実質的な効果が出やすくなります。
利益600万円から800万円の場合
判断が最も分かれる帯です。所得税の税率区分が20パーセントから23パーセントに入り、個人事業税も発生します。法人化して役員報酬を抑えれば、会社に残る利益に法人税率が適用されるため、税負担は下がる方向に動きます。ただし社会保険料の増加が、その差を打ち消す場合があるという点が判断を難しくしています。家族構成によって結論が変わるのもこの帯です。扶養している家族が多ければ法人側が有利になりやすく、単身であれば差は縮まります。
利益1,000万円を超える場合
所得税の税率区分が33パーセントに入り、住民税と合わせると43パーセントになります。法人の実効税率がおおむね33パーセント台であることを考えると、税率の差は明確です。所得の分散ができるかどうかで、さらに差が開くという段階でもあります。配偶者や家族が実際に業務に従事していれば、役員報酬を分けることで累進税率の高い区分を避けられます。ただし、実態のない役員報酬は否認されるため、業務の内容と時間の記録が必要です。
社会保険料が結論を動かす仕組み
結論: 法人化で増えるのは税金ではなく社会保険料であることがほとんどです。ここを見落とすと、試算が実態から離れます。
国民健康保険との違い
国民健康保険料には所得に応じた上限額が設定されています。所得が大きい世帯ではこの上限に達するため、それ以上は増えません。一方、社会保険の健康保険料は標準報酬月額に比例し、厚生年金は上限に達するまで増え続けます。所得が大きいほど、社会保険のほうが高くなりやすいという関係です。ただし、被扶養者の分の保険料がかからない点は逆方向に働くため、家族の人数によって差が縮まります。
役員報酬を下げても限界がある
社会保険料を抑える目的で役員報酬を低く設定すると、会社に利益が残り法人税がかかります。また、報酬が低いと生活費を賄えず、会社から借りる形になれば役員貸付金として処理せざるを得ません。役員貸付金は金融機関の評価で不利に働くため、無理な設定は別の問題を生みます。加えて、将来受け取る厚生年金の額も報酬に連動するため、極端に低く設定すると老後の受給額が下がります。
保障の内容も比較に入れる
社会保険料が高くなるとしても、その分の保障は増えます。厚生年金は国民年金に上乗せされる部分があり、健康保険には傷病手当金と出産手当金があります。国民健康保険にはこれらの給付がありません。負担と保障を切り離して比べないことが、判断の精度を上げます。金額だけを見ると法人化が不利に見える場面でも、保障の内容まで含めると評価が変わることがあります。
試算で間違えやすい点
結論: 税率だけを比べる、社会保険料を忘れる、会社に残した利益をそのまま得と数える。この3つが典型です。
税率だけを比べてしまう
法人税率が23.2パーセント、所得税の最高税率が45パーセントという数字を並べると、法人が圧倒的に有利に見えます。しかし法人の利益を個人に移す段階でもう一度課税されるため、2段階の課税を通した後の額で比べる必要があります。会社に置いたままにできる利益がどれくらいあるかによって、実際の差は大きく変わります。生活費のすべてを役員報酬で賄う必要がある場合、会社に残せる利益はほとんどありません。
社会保険料を計算に入れない
税金だけを比べると、法人化の効果が実際より大きく見えます。社会保険料は報酬の約30パーセントで、税金と同じかそれ以上の規模になることも珍しくありません。社会保険料を入れると結論が逆転する場面があるため、必ず両方を含めます。国民健康保険料も同様で、こちらを忘れると個人側の負担が小さく見積もられます。国民健康保険料は自治体によって計算方法が違うので、前年度の通知書の金額をそのまま使うのが正確です。所得が変わる見込みがあるなら、自治体の試算ツールで計算し直します。
会社に残した利益を得と数える
法人税を払った後に会社に残る利益は、まだ個人のものではありません。役員報酬や配当として個人に移す段階で、あらためて課税されます。会社に残ったお金と、個人の手元にあるお金は同じではないという点を混同すると、試算が実態から離れます。事業を続ける限り会社に置いておけるのであれば有利に働きますが、いずれ引き出すつもりなら、その時点の課税も見込んでおく必要があります。
試算の後に確認すること
結論: 金額の差が小さい場合は、税制以外の要素で決めることになります。年間で数十万円の差は、法人の決算と社会保険の事務にかかる時間と費用で相殺される範囲です。差が明確に大きい場合でも、社会保険料の見積りに依存していないかを確認します。
差が年間で数十万円に収まる場合
この程度の差であれば、事務負担の増加と相殺されると考えたほうが現実的です。法人の決算と社会保険の事務にかかる時間、税理士費用、そして手続の手間。数字の差だけで決めないほうがよい範囲です。むしろ、取引先の要件や採用の計画といった事業側の事情で判断するほうが納得しやすくなります。数字が拮抗しているということは、どちらを選んでも大きな損にはならないということでもあります。決めきれずに時間を使うより、事業の都合で決めてしまうほうが合理的な場面です。
差が明確に大きい場合
年間で百万円を超える差が出るのであれば、法人化を検討する実質的な理由があります。ただし、その差が社会保険料の見積りに依存していないかを確認してください。標準報酬月額の設定を変えると結果が動くため、複数のパターンで計算してみることをお勧めします。役員報酬を月50万円で置いた場合と月80万円で置いた場合では、結論が変わります。差の大きさそのものが、設定に左右されているということです。
事例:役員報酬の設定で結論が変わった方
事業の利益が約780万円の個人事業主の方から、法人化のご相談をいただきました。ご家族は配偶者のみで、配偶者は別に給与収入があるとのことでした。
売上は3年続けて伸びていました。
最初の試算では、役員報酬を月65万円と置きました。
この設定では、法人化による差は年間で十数万円にとどまりました。社会保険料の増加が、税率の差をほぼ打ち消していたためです。
そこで、役員報酬を月45万円に下げ、会社に利益を残す形で計算し直しました。社会保険料が下がり、会社に残る利益には軽減税率が適用されるため、差は年間で60万円ほどに広がります。
ただし、月45万円では生活費が不足します。
差額を役員貸付で埋める形は避けるべきなので、この案は採用していません。最終的には、月55万円という中間の設定で法人化を進めました。同じ利益でも、役員報酬の置き方で結論が動くというのが、この試算から見えた点です。配偶者に給与収入があるため所得の分散ができず、この部分では法人化の効果が限定的でした。
よくある質問
法人化のシミュレーションは何を計算すればよいですか?
何円くらいから法人化が有利になりますか?
社会保険料はどう見積もればよいですか?
役員報酬はいくらに置いて計算すべきですか?
会社に残した利益は得になりますか?
試算した結果、差が小さかった場合はどうすべきですか?
まとめ:前提を書き出してから9項目を並べる
法人化のシミュレーションは、9つの項目を同じ前提で並べる作業です。個人側は所得税・住民税・個人事業税・国民健康保険料、法人側は法人税等・役員報酬にかかる所得税と住民税・社会保険料の労使合計・均等割になります。
最も結果を動かすのは役員報酬の額です。高くすれば個人の税と社会保険料が増え、低くすれば会社に利益が残って法人税がかかります。同じ利益でも、この設定次第で結論が変わります。
そして、法人化で増えるのは税金ではなく社会保険料であることがほとんどです。税率だけを比べると法人が有利に見えますが、社会保険料を入れると差が縮まるか、逆転することもあります。
計算した結果、差が年間で数十万円に収まるのであれば、事務負担の増加と相殺されると考えたほうが現実的です。その場合は、取引先の要件や採用の計画といった事業側の事情で判断してください。
なお、ここで示した水準はいずれも一般的な前提を置いた目安です。実際の税額と保険料は、家族構成、他の所得、加入している保険、住んでいる自治体によって変わります。
税理士法人Light UPでは、実際の数字を使った法人化の試算を承っています。複数の役員報酬のパターンで比較しますので、お気軽にお問い合わせください。
出典
- e-Gov 法令検索「所得税法」(昭和四十年法律第三十三号)第28条、第57条の2、第89条
- e-Gov 法令検索「法人税法」(昭和四十年法律第三十四号)第66条
- e-Gov 法令検索「地方税法」(昭和二十五年法律第二百二十六号)第52条、第72条の49の17、第312条
- e-Gov 法令検索「厚生年金保険法」(昭和二十九年法律第百十五号)第20条、第81条
- e-Gov 法令検索「健康保険法」(大正十一年法律第七十号)第40条




