親族内承継|株式と経営権を渡す手順
監修税理士法人Light UP 代表社員(税理士) 中村 清誉
「息子に継がせることは決まったのですが、次に何をすればよいのか分かりません」。事業承継のご相談で、方向は固まっているのに手順が見えないという状態の経営者の方にお会いします。決めることが多く、順番も分かりにくいためだと思います。
結論からお伝えすると、親族内承継で移すものは4つです。経営権、所有権、信用、そして関係です。このうち所有権(自社株)だけが税金の話で、残る3つは税金とは別の手続になります。株の話だけを進めても承継は完了しません。
税理士法人Light UPでは、承継先が決まった段階で、この4つを時系列に並べた工程表を作ることをお勧めしています。5年から10年かかるものなので、順番を先に決めておくほうが進めやすいためです。
この記事では、移す4つのもの、代表交代と議決権の関係、株式を移す4つの方法とその使い分け、経営者保証の引継ぎ、他の相続人への配慮、そして進める順番を整理します。株価の評価そのものと、贈与税・納税猶予の制度は別の記事にまとめています。
移すものは4つある
結論: 経営権、所有権、信用、関係。この4つが揃って初めて承継が完了します。株式だけを渡しても、経営はできません。
経営権と所有権は別のもの
代表取締役を交代しても、株式が現経営者のもとにあれば、株主総会で役員を解任することができます。逆に、株式をすべて渡しても代表取締役が交代していなければ、日常の業務執行は現経営者のままです。この2つは連動していないということです。実務では、段階的に移すために意図的にずらすこともあります。経営権を先に渡し、所有権は数年かけて移すという形が典型です。
信用は自動的には移らない
会社の借入について、現経営者が個人保証をしている場合、代表が交代しても保証は自動的には外れません。金融機関との協議が必要です。保証が残ったまま代表を退くと、経営に関与できないのに責任だけが残るという状態になります。承継の計画を立てる段階で、金融機関に相談しておくことが必要です。取引先との契約についても、代表者の交代を通知するだけで済むものと、契約の見直しが必要なものがあります。
関係は最も時間がかかる
取引先の担当者、長年勤めている従業員、金融機関の支店長。これらの関係は、名刺を渡せば移るものではありません。後継者が一緒に訪問し、判断を任せる場面を作り、少しずつ信頼を積むという過程が要ります。この部分に5年から10年かかるというのが、事業承継が長期にわたる最大の理由です。株式の移転は書類の手続ですが、関係の移転は時間そのものが必要になります。
経営権を移す手順
結論: 代表取締役の交代は取締役会または株主総会の決議で行い、2週間以内に登記します。ただし、決議より前の準備のほうが重要です。
役職の移し方
取締役会設置会社であれば取締役会の決議で、そうでなければ株主総会または定款の定めに従って代表取締役を選定します。就任から2週間以内に変更登記を申請します。手続そのものは難しくありません。難しいのは、いつ交代するかという判断です。後継者が業務を回せる状態になっているか、取引先が受け入れているか、従業員が納得しているか。これらが揃っていない段階での交代は、混乱を招きます。
現経営者はどこに残るか
代表を退いた後、会長として取締役に残る、監査役になる、あるいは完全に退くという選択があります。取締役に残ると経営に関与し続けることになり、後継者の判断が通りにくくなることがあります。一方、まったく関与しなくなると、取引先や金融機関が不安に感じる場面もあります。どの位置に残るかは、承継の進み具合と後継者の状態で決めることになります。なお、役員退職金を支給する場合は、この位置づけが損金算入の判断に影響します。
権限を実際に渡す
肩書きが変わっても、決裁の実態が変わらなければ承継は進みません。金額の基準を決めて決裁権限を移す、取引先との交渉を任せる、銀行との面談に後継者だけで行く。段階的に権限を移す計画を、あらかじめ書き出しておく方法が有効です。何をいつ渡すかが明確であれば、後継者も準備ができます。渡す順序としては、次のような並びが実務的です。
- 社内の日常的な決裁(一定金額まで)
- 仕入先・外注先との交渉
- 得意先との価格交渉
- 金融機関との面談と資金調達
- 人事と投資の決定
上にいくほど失敗しても取り返しがつくので、この順で渡していくと後継者の経験が積み上がります。
株式を移す4つの方法
結論: 贈与、売買、相続、遺言。それぞれ税金の扱いと、実行できる時期が違います。株価が低い時期を選べるのは生前に行う贈与と売買だけで、相続と遺言はその時期を選べません。後継者に資金があるかどうかも分かれ目になります。
贈与
生前に無償で移す方法です。暦年贈与であれば年110万円の基礎控除の範囲で少しずつ移せますし、相続時精算課税を選べばまとまった額を一度に移せます。株価が低い時期に移せるという点が、贈与の最大の利点です。業績が一時的に落ちている期や、退職金の支給で純資産が減った直後は、評価額が下がる場面になります。贈与税の制度と納税猶予については別の記事にまとめています。
売買
後継者が現経営者から株式を買い取る方法です。現経営者には譲渡所得が生じ、後継者は買取りの資金を用意する必要があります。贈与税がかからない代わりに、資金の手当てが要るという構造です。後継者に資金がない場合、会社からの借入や金融機関からの融資で賄うことになります。価格は適正な時価によることが前提で、低すぎる価格では贈与とみなされる可能性があります。
相続
現経営者の死亡によって移る方法です。何もしなければこの形になりますが、遺産分割の協議が必要になり、株式が複数の相続人に分散する可能性があります。準備をしないまま相続を迎えると、経営に必要な議決権を確保できないことがあるという点が最大のリスクです。相続税の納税資金も同時に必要になります。自社株は換金しにくい財産なので、納税のために株式を手放すという事態も起こり得ます。準備をしないまま迎えるのが最も避けたい形です。
遺言
遺言によって、特定の相続人に株式を承継させる方法です。分散を防ぐという意味では有効ですが、遺留分の問題は残ります。遺言があっても、他の相続人の遺留分を侵害していれば金銭の請求を受ける可能性があるということです。公正証書遺言にしておけば、形式の不備で無効になるおそれは減ります。自筆証書遺言でも法務局の保管制度を使えば、紛失や改ざんのリスクは下がります。ただし内容の妥当性まで確認されるわけではありません。
| 方法 | 税金 | 実行の時期 | 主な留意点 |
|---|---|---|---|
| 贈与 | 贈与税(後継者) | 生前・任意の時期 | 株価が低い時期を選べる。納税猶予の制度もある |
| 売買 | 譲渡所得税(現経営者) | 生前・任意の時期 | 後継者に資金が要る。価格は適正な時価で |
| 相続 | 相続税(相続人) | 死亡時 | 分散のリスク。遺産分割の協議が必要 |
| 遺言 | 相続税(相続人) | 死亡時 | 分散を防げるが遺留分の問題は残る |
信用をどう引き継ぐか
結論: 借入の債務者と経営者保証。この2つは金融機関との協議が必要で、時間もかかります。
経営者保証の引継ぎ
現経営者が会社の借入に個人保証をしている場合、承継にあたって保証をどうするかが論点になります。後継者が新たに保証を提供するのか、現経営者の保証を外すのか、あるいは両方が保証する形にするのか。後継者が保証を引き受けることが、承継をためらう理由になっているという現実があります。経営者保証に関するガイドラインでは、一定の要件を満たす場合に保証を求めない、あるいは二重には求めないという考え方が示されています。要件となるのは、法人と個人の資産が明確に分離されていること、財務基盤が強化されていること、そして金融機関への情報開示が適切に行われていることです。これらを満たしていなければ、協議の土台に乗りません。
早めに相談する
保証の扱いは、金融機関ごとの判断になります。承継の直前に相談しても、条件を整えるには時間が足りません。財務の状態を整え、法人と個人の資産を分離し、情報開示を適切に行うという準備が要件に関わります。承継の3年から5年前から準備を始めるのが現実的です。とくに法人と個人の資産の分離は、役員貸付金や役員からの借入金を整理する作業を伴うため、決算を何期か経ないと形が整いません。
取引先との関係
売掛や買掛の取引条件、継続的な契約の条件。これらは代表者の交代で自動的に変わるものではありませんが、契約書に代表者の変更を通知する定めがある場合もあります。契約書を一覧にして、通知や見直しが必要なものを洗い出す作業を、承継の前に行っておくと漏れがありません。とくに賃貸借契約や、代表者が連帯保証している契約は確認が必要です。
他の相続人への配慮
結論: 自社株が財産の大部分を占める場合、後継者に集中させると他の相続人との間で問題が生じます。
遺留分の問題
兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があります。自社株を後継者に集中させると、他の相続人の遺留分を侵害することがあります。侵害された側は、金銭の支払いを請求できます。請求を受けると、後継者は多額の現金を用意することになります。株式を売って支払うことができないため、会社の資金や借入で賄うしかありません。承継が原因で会社の財務が悪化するという結果になり得ます。
民法の特例
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律には、遺留分に関する民法の特例があります。推定相続人全員の合意を得たうえで、後継者が取得した自社株を遺留分の算定から除外する、あるいは価額を固定するという制度です。合意には家庭裁判所の許可が必要で、手続には時間がかかります。全員の合意が前提なので、関係が良好なうちに進めておく必要があります。
株式以外の財産で調整する
自社株を後継者に、それ以外の財産を他の相続人に、という配分で調整する方法もあります。ただし、自社株の評価額が大きい会社では、他の財産だけでは釣り合わないことがあります。生命保険を使って、他の相続人に渡す現金を用意するという方法が実務では使われます。受取人を指定しておけば、遺産分割の対象にならずに現金が渡ります。
進める順番
結論: 現状の把握、承継先の確定、経営権の移転、所有権の移転、そして関係の引継ぎ。この順で進めます。
第1段階:現状を把握する
自社株の評価額、会社の財務状況、現経営者の個人資産、借入と保証の状況、そして相続人の構成。これらを一覧にします。評価額が分からないと、贈与も売買も相続対策も設計できません。事業承継の最初の作業は、必ずここになります。評価は決算書と財産の明細から算出できます。金額を知って初めて、贈与で移せる規模なのか、納税猶予を検討すべき規模なのかが分かります。まずここを測ってください。
第2段階:後継者を確定し、社内外に伝える
後継者を決めたら、家族、従業員、取引先、金融機関に段階的に伝えます。伝える順番と時期を間違えると、混乱が生じます。まず家族、次に幹部社員、その後に取引先と金融機関という順序が一般的です。噂として伝わるより、正式に伝えるほうが受け入れられます。とくに幹部社員には、決定した後すぐに伝えるほうがよいと思います。後から知ると、判断の外に置かれたと感じさせることになります。
第3段階:経営権を段階的に移す
後継者を役員にし、決裁権限を順に移していきます。代表取締役の交代は、この過程の終盤に置きます。肩書きが先に変わって実態が伴わない状態は、社内の混乱を招きます。実務を任せられる状態になってから、登記上の交代を行うという順序です。判断の質は、任せてみないと分かりません。小さい範囲から権限を渡し、結果を見ながら範囲を広げていく形が現実的です。
第4段階:所有権を移す
株価の評価額を確認したうえで、贈与、売買、遺言のどれを使うかを決めます。株価が低い時期を選べるのは生前贈与だけなので、その時期を逃さないことが重要です。退職金の支給で純資産が減った直後は、評価額が下がる場面になります。役員退職金と株式の移転を組み合わせて設計することが多いのは、このためです。ただし、退職金の額は功績倍率などで説明できる範囲に収める必要があります。株価を下げる目的だけで金額を決めると、損金として認められない可能性があります。
第5段階:関係を引き継ぐ
取引先への同行訪問、金融機関との面談、従業員との対話。この過程は承継の全期間を通じて続きます。代表交代の後も数年は続くと考えておいたほうが現実的です。現経営者が完全に手を引く時期は、この過程が一段落してからになります。引き継ぐ対象となるのは人だけでなく、判断の基準や過去の経緯も含まれます。なぜこの取引先とはこの条件なのか、なぜこの製品を続けているのか。こうした背景は、書類には残っていないことがほとんどです。
よくある行き違い
結論: 時期を決めない、株の話だけを進める、他の相続人に伝えない。この3つが典型です。いずれも、進んでいるように見えて実態が動いていないという点で共通しています。税務の対策だけが先行している状態には、とくに注意が要ります。
時期を決めないまま先送りする
いつかは譲ると言い続けて、具体的な時期を決めないという状態が、事業承継では最も多く見られます。後継者の側も、いつ任されるのか分からないまま待つことになります。期限を決めれば、そこから逆算して準備が始まります。何年後に代表を交代するという1点を決めるだけで、進み方が変わります。後継者の側からは切り出しにくい話でもあるため、現経営者が先に時期を示すことに意味があります。
株の話だけを進める
税金の話は具体的で、専門家に相談すれば進みます。一方、関係の引継ぎや従業員への説明は、誰かに任せられるものではありません。税務の対策だけが進んで、実態の承継が止まっているという状態は珍しくありません。株式が移っていても、取引先が現経営者としか話をしないのであれば、承継は完了していません。税務の対策は数字で進み具合が見えますが、関係の引継ぎは見えにくい部分です。定期的に確認する場を作っておくと、遅れに気づけます。
他の相続人に伝えない
後継者と現経営者の間だけで話を進め、他の子どもには相続が発生してから伝わるという形が、争いの原因になります。早い段階で考え方を説明しておくほうが、受け入れられやすくなります。全員が納得するとは限りませんが、突然決まったと感じさせないことには意味があります。民法の特例を使う場合は、そもそも全員の合意が必要です。
事例:代表交代の後も保証が残っていた会社
製造業の会社から、承継後のご相談をいただきました。2年前に代表を交代し、株式も贈与で移し終えていました。
前の代表は取締役として残っていました。
会社の借入は約1億2,000万円ありました。
問題は、この借入に対する個人保証が前の代表のままだったことです。経営の判断は後継者が行っているのに、責任は前の代表が負っている状態でした。ご本人が高齢になり、保証を外したいという内容です。
金融機関に確認したところ、後継者が新たに保証を提供すれば前の代表の保証を外せるとのことでした。
ただ、後継者は保証を引き受けることに抵抗がありました。
対応として、経営者保証に関するガイドラインの要件に沿って、法人と個人の資産の分離、財務基盤の強化、情報開示の充実という3点を整理し、金融機関と協議しました。時間はかかりましたが、一部の借入について保証を外す方向で話が進んでいます。
この事例では、株式と代表を移す計画はあったのに、保証の計画がありませんでした。承継の工程表を作る段階で、保証をどうするかを1行入れておけば、2年の遅れは生じませんでした。
よくある質問
親族内承継では何を移すのですか?
株式はどの方法で移すのがよいですか?
経営者保証はどうなりますか?
他の相続人とのバランスはどう取りますか?
代表交代のあと、現経営者はどうすればよいですか?
承継にはどれくらいの期間がかかりますか?
まとめ:4つを並べて工程表を作る
親族内承継で移すものは、経営権、所有権、信用、関係の4つです。このうち税金の話になるのは所有権(自社株)だけで、残る3つは別の手続になります。
進め方としては、現状の把握から始めます。自社株の評価額が分からなければ、贈与も売買も設計できません。次に後継者を確定して段階的に伝え、経営権を順に移し、所有権を移し、関係を引き継ぐという順序です。
最も見落とされやすいのが経営者保証です。代表が交代しても自動的には外れず、金融機関との協議が必要になります。要件を整えるには時間がかかるため、承継の3年から5年前から準備を始める必要があります。
そして、他の相続人への配慮も欠かせません。自社株が財産の大部分を占める会社では、後継者に集中させると遺留分の問題が生じます。民法の特例、生命保険、株式以外の財産での配分といった手立てを、早い段階で検討してください。
最後に、時期を決めることが最も効果のある一歩です。何年後に代表を交代するという1点が決まれば、そこから逆算して他の準備も動き始めます。
税理士法人Light UPでは、親族内承継の工程表づくりから、自社株の評価と移転の設計までご相談を承っています。お気軽にお問い合わせください。
出典
- e-Gov 法令検索「会社法」(平成十七年法律第八十六号)第349条、第362条、第915条
- e-Gov 法令検索「民法」(明治二十九年法律第八十九号)第1042条、第1046条
- e-Gov 法令検索「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(平成二十年法律第三十三号)第4条、第7条
- 中小企業庁「事業承継ガイドライン」
- 経営者保証に関するガイドライン研究会「経営者保証に関するガイドライン」





