役員退職金の考え方|功績倍率と損金算入
監修税理士法人Light UP 代表社員(税理士) 中村 清誉
「先代にいくら出せばいいのか、誰に聞いても3倍としか言われない」「否認されたという話を聞いて、決議を先延ばしにしている」――事業承継のご相談で、役員退職金の話になると必ずといっていいほど出てくる言葉です。
結論からお伝えすると、役員退職金に法律上の上限額はありません。ただし法人税法施行令70条2号により、不相当に高額とされた部分は損金に算入できず、その判定は在任期間・退職の事情・同種同規模法人の支給状況という3つの物差しで行われます。実務で使われる功績倍率法は、この3つを金額に翻訳するための手段であって、3.0倍という数字が条文に書かれているわけではありません。
税理士法人Light UPでは、役員退職金は計算式を選ぶ作業ではなく、支給額の根拠を後から説明できる形にして残す作業だと考えています。倍率をいくつにするかより、なぜその倍率なのかを書き残せるかどうかで、税務調査での立ち位置が変わります。
この記事では、功績倍率法の中身、分掌変更で退職金を出すときの分かれ目、損金に算入する時期、受け取る側の退職所得課税、死亡退職金と弔慰金の枠、そして令和8年1月から変わった受け取り順序のルールまで、税務相談の現場で論点になる順に整理します。
役員退職金に上限額の定めはない
結論: 役員退職金には法律上の上限額がありません。ただし法人税法施行令70条2号により、在任期間・退職の事情・同種同規模法人の支給状況に照らして不相当に高額とされた部分は、損金に算入できません。
「上限が決まっていないなら、いくらでも出せるのですか」というご質問をいただくことがあります。金額を決めること自体は自由です。株主総会が決議すれば、その額を支払えます。
制約がかかるのは、支払った額を法人の経費として扱えるかどうか。ここが会社法の話と法人税法の話が分かれる場所です。
条文が挙げる3つの物差し
e-Govの法令検索で法人税法施行令70条2号を引くと、損金に算入されない金額をこう定めています。「業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額」。
読み取れる物差しは3つです。
- 業務に従事した期間:役員として何年その会社を担ったか
- 退職の事情:定年か、病気か、経営不振による引責か
- 同種同規模法人の支給状況:似た業種・似た規模の会社が、同じ立場の役員にいくら出しているか
3つ目が一番やっかいです。他社が役員退職金をいくら出したかという情報は、普通の経営者には手に入りません。それでも条文が判定要素として挙げている以上、無視して金額を決めるわけにはいかないのです。
功績倍率3.0倍という数字の位置づけ
代表取締役なら3.0倍、専務なら2.5倍、常務なら2.0倍。こうした数字は書籍やセミナーでよく紹介されます。これらは法令にも通達にも書かれていません。
3.0倍を使えば安全、というものでもありません。逆に、3.0倍を超えたら必ず否認される、というものでもない。実際に問われるのは倍率そのものではなく、その倍率で計算した金額が、上の3つの物差しに照らして相当かどうかです。
「3.0倍で計算したので大丈夫だと思っていました」というご相談は本当に多いのですが、根拠の説明が計算式だけで止まっていると、調査の場面で持ちこたえにくくなります。
上限がないことと自由に決められることの違い
上限額の定めがないという事実は、経営者にとって朗報のように聞こえます。ただ実務上は、明確な数字が決まっている制度よりも扱いが難しい。基準がないぶん、自社で説明を組み立てる必要があるからです。
税率や控除額のように条文に数字が書いてある制度なら、その数字を守れば済みます。役員退職金はそうではありません。いわば、点数の基準が公表されていない試験のようなもので、答案の中身で納得させるほかないのです。
功績倍率法の中身
結論: 功績倍率法は、退職直前の給与の額に、業務に従事した期間と役職に応じた倍率を掛けて支給額を算定する方法です。国税庁の法人税基本通達9-2-27の3が定義しており、業績連動給与には該当しません。
計算式そのものは単純です。最終月額報酬 × 役員在任年数 × 功績倍率。この3つの数字をどう置くかで、金額は何倍にも動きます。
通達が定義している計算の考え方
国税庁の法人税基本通達9-2-27の3は、注書きで功績倍率法をこう説明しています。「役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎として、役員の法人の業務に従事した期間及び役員の職責に応じた倍率を乗ずる方法により支給する金額が算定される方法」。
この通達の本文が言っているのは、功績倍率法で支給する退職給与は業績連動給与に該当しない、という点です。業績連動給与に当たると、損金算入のために有価証券報告書での開示など厳しい要件がかかります。同族会社ではまず満たせません。功績倍率法がそこから外れることを明示した通達だと理解すると、位置づけが見えてきます。
最終月額報酬の取り方
計算式の起点は、退職の直前に支給していた月額報酬です。ここで悩みが生まれるのは、引退を意識して直前に報酬を上げた場合と、逆に業績悪化で下げていた場合。
- 直前に増額していた場合:退職金を増やす目的で上げたと見られると、増額前の水準で計算すべきという議論になります
- 長く低い報酬に抑えていた場合:実際の職責に対して報酬が低すぎたことを説明できれば、その事情を金額の根拠に織り込む余地があります
報酬をどう決めてきたかの履歴が、そのまま退職金の説明材料になります。日々の議事録が生きてくる場面です。
在任年数の数え方
役員として在任した期間を年数で数えます。使用人から役員に上がった会社では、使用人だった期間をどう扱うかが論点になります。
国税庁の法人税基本通達9-2-36は、使用人が役員になった際、退職給与規程に基づいて使用人であった期間に係る退職給与を支給したときは、その支給した事業年度の損金に算入するとしています。役員就任時に使用人分を精算しておけば、役員退職金は役員としての期間だけで計算する形になります。
精算していない場合は、使用人期間も含めて一本で支給することになりますが、その場合の金額の組み立ては個別性が高い部分です。
功労加算金の扱い
功績倍率法で計算した額に、創業者としての功労を加算する形をとる会社があります。加算率は3割程度が語られることが多いのですが、これも法令上の根拠がある数字ではありません。
加算部分も含めた合計額が、施行令70条2号の3つの物差しに照らして相当かどうかで判定されます。功労加算という名前を付けたから別枠で認められる、ということはないのです。
同業類似法人のデータの集め方
3つ目の物差しである同種同規模法人の支給状況は、経営者が自力で調べるのが難しい部分です。実務では、業界団体の調査、生命保険会社が公表している役員退職金の実態調査、上場企業の開示資料などを手がかりにします。
完全なデータが手に入ることはまずありません。それでも、参照した資料を残しておくかどうかで説明の厚みが変わります。何も見ずに3.0倍と決めた記録しかない状態は避けたいところです。
支給する場面は3つに分かれる
結論: 役員退職金が問題になる場面は、生前に完全に退職する場合、分掌変更で実質的に退職したと同様の状態になる場合、在任中に死亡した場合の3つです。それぞれ判定の論点と課税の枠組みが異なります。
同じ役員退職金でも、どの場面で出すかによって、会社側で気をつける点も受け取る側の税金も変わります。
| 場面 | 会社側の主な論点 | 受け取る側の課税 |
|---|---|---|
| 生前の完全退職 | 金額が不相当に高額でないか/損金算入の時期 | 退職所得(所得税・住民税) |
| 分掌変更 | 実質的に退職したと同様の事情にあるか | 退職所得(要件を満たす場合) |
| 在任中の死亡 | 金額の相当性/弔慰金との区分 | 相続税(死亡退職金として) |
生前の完全退職
代表取締役を退任し、取締役からも外れて会社を離れるパターンです。判定はもっとも素直で、論点は金額の相当性と損金算入の時期に絞られます。
事業承継では、この形が使えるかどうかが最初の分かれ道になります。完全に離れられるなら手続きは簡明ですが、実際には取引先との関係や金融機関との付き合いから、何らかの形で残る経営者が多いのが実情です。
分掌変更による支給と、在任中の死亡
代表権を外して非常勤の取締役になる、取締役から監査役に移るといった形で、会社との関係は続けたまま退職金を支給するパターン。中小企業でもっとも多く、そしてもっとも否認の論点になりやすい場面です。次の見出しで詳しく整理します。
経営者が在任中に亡くなった場合、退職金は遺族に支払われ、相続税の課税対象になります。弔慰金という別の枠もあり、両者の切り分けが必要です。備えがないまま起きると、遺族と会社の双方が困ることになります。
分掌変更で退職金を出すときの分かれ目
結論: 分掌変更に伴う支給を退職給与として扱えるのは、地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合です。給与がおおむね50%以上減っただけでは足りません。
「代表を息子に譲って会長になったので、退職金を出したい」というご相談は毎年いただきます。この形が認められるかどうかは、肩書きの変更ではなく、実態が変わったかどうかで決まります。
通達が挙げる3つの事実
国税庁の法人税基本通達9-2-32は、分掌変更に伴う支給を退職給与として取り扱える場合を、「その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる」ことによるものである場合としています。そのうえで例示として3つの事実を挙げています。
- 常勤役員が非常勤役員になったこと(代表権を有する者、代表権はなくても実質的に経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く)
- 取締役が監査役になったこと(実質的に経営上主要な地位を占めていると認められる者、同族会社の使用人兼務役員とされない要件をすべて満たす株主等を除く)
- 分掌変更等の後の給与が激減したこと(おおむね50%以上の減少。ただし分掌変更後も経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く)
3つとも括弧書きが長く、そこに条件が詰まっています。除外規定こそが本体だと考えたほうが実務に合います。
経営上主要な地位を占めていると見られる要素
3つの例示すべてに、経営上主要な地位を占めていると認められる者は除く、という留保が付いています。ここが実際の判定の中心です。
現場で問われやすいのは次のような点です。
- 金融機関との融資交渉に引き続き出ているか
- 主要取引先との商談を実質的に仕切っているか
- 取締役会や重要な意思決定の場で発言権を持ち続けているか
- 会社の実印や通帳の管理を握ったままか
- 従来と同じ執務室・同じ勤務日数を維持していないか
肩書きを会長に変え、報酬を半分にしたとしても、これらが以前のままなら、実質的に退職したと同様の事情にあるとは言いにくくなります。逆に、承継後の会議体から外れ、決裁を後継者に移し、出社の頻度も落としているのであれば、説明できる材料が揃います。
おおむね50%以上の減少という水準
給与の激減について通達が示すのは、おおむね50%以上の減少という水準です。この数字は誤解されやすい部分でもあります。
50%まで下げれば退職金を出せる、という条件ではありません。3つの例示のうちの1つに過ぎず、しかもその例示にも経営上主要な地位を占める者を除くという留保が付いています。報酬を半分にしただけで実態が変わっていない会社は、この要件を満たしません。
未払金への計上は原則として含まれない
法人税基本通達9-2-32の注書きは、退職給与として支給した給与には、原則として法人が未払金等に計上した場合のその未払金等の額は含まれないとしています。
分掌変更のケースでは、実際に支払ってはじめて退職給与として扱われるのが原則、ということです。資金が用意できていないので今期は未払計上だけしておく、という進め方は取りにくい。分掌変更で退職金を出すなら、支払える資金を先に準備しておく必要があります。
損金に算入する時期は2つある
結論: 役員退職金の損金算入時期は、原則として株主総会の決議等で金額が具体的に確定した日の属する事業年度です。実際に支払った事業年度に損金経理した場合は、その事業年度で算入することも認められます。
どの事業年度の経費になるかは、決算の着地に直結します。大きな金額になるだけに、期をまたぐかどうかで法人税の額が大きく動きます。
原則は確定した日の属する事業年度
国税庁のタックスアンサーNo.5208は、役員退職金の損金算入時期について「株主総会の決議等によって退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度」と示しています。法人税基本通達9-2-28も同じ内容です。
定時株主総会で退職慰労金の支給を決議したなら、その総会が開かれた事業年度の損金になります。翌期に支払ったとしても、原則としては決議した期の経費です。
支払った事業年度に損金経理する方法
ただし例外があり、法人がその退職給与の額を支払った日の属する事業年度において、その支払った額につき損金経理をした場合には、これも認められます。
決議した期と支払う期がずれる会社にとっては、どちらの期の経費にするかを選べる形になります。選んだ以上は、経理処理をそれに合わせて統一しておく必要があります。
実際に払った期に費用として計上する形です。
内定額を未払金に計上した場合
タックスアンサーNo.5208は注書きで、金額が具体的に確定する事業年度より前の事業年度に、取締役会で内定した金額を損金経理により未払金に計上した場合であっても、その時点での損金にはできないとしています。
今期は利益が出そうだから、退職金の内定額を未払計上して落としておこう、という処理は通りません。決算対策として役員退職金を考えるなら、決議のタイミングそのものを設計する必要があります。
なお、退職年金として支給する場合は、その年金を支給すべき事業年度が損金算入時期になります。年金の総額を計算して未払金に計上しても損金にはなりません。
決議から支給までの進め方
結論: 役員退職金の支給は、退職慰労金規程の整備、株主総会の決議、金額の算定根拠の保存、支払いと源泉徴収という順で進めます。決議より前に未払金へ計上しても、その時点では損金になりません。
順番を間違えると、後から取り返すのが難しい部分です。事業承継の日程を組むときは、この流れを逆算して置いていきます。
- 退職慰労金規程を整える(支給の半年〜1年前が目安)。役員の区分ごとの功績倍率、在任年数の数え方、功労加算の基準を定めておきます。規程がないまま総会で金額だけ決めると、算定の根拠を後から作った印象になります
- 算定の根拠資料を集める(同時期)。最終月額報酬の推移、在任年数、参照した同業データを一つのファイルにまとめておきます
- 株主総会で決議する。総額を総会で決め、各人への配分を取締役会に委任する形が一般的です。委任する場合も、委任した旨と基準を議事録に残します
- 議事録と支給明細を保存する。決議日、金額、算定式、退任の事情を記載します
- 支払いと源泉徴収を行う。受け取る役員から退職所得の受給に関する申告書を提出してもらい、退職所得として源泉徴収します
つまずきやすいのは1と2です。「総会で決めればいいと思っていました」というお声は多いのですが、規程と根拠資料がないまま決議だけ残しても、金額の相当性を説明する材料になりません。
退職慰労金規程の整備
規程は、退職金を出すと決めてから作るのでは遅い、と私たちは考えています。承継の1年前くらいから、役員報酬の見直しとあわせて整えておくのが現実的です。
規程で定めておきたいのは、役位別の功績倍率、在任年数の端数処理、功労加算の上限、支給方法(一括か分割か)、支給を制限する事由の5点。細かく決めすぎると運用しにくいので、判断の余地を残しつつ基準は明示しておきます。
株主総会の決議と取締役会への委任
会社法上、役員の退職慰労金は報酬等に含まれるため、定款に定めがなければ株主総会の決議が必要です。実務では総額の上限を総会で決議し、個別の配分を取締役会に一任する形が多く取られます。
委任する場合でも、無条件の一任は避けたほうが無難です。一定の基準に従うことを決議に盛り込み、その基準として退職慰労金規程を指し示しておくと、決議と規程がつながります。
算定根拠の残し方
議事録に金額だけ書いて終わりにしないこと。これが後々の差になります。
最終月額報酬をいくらとしたか、在任年数を何年としたか、功績倍率をいくつとしその根拠は何か、退任の事情は何か。これらを1枚の算定書にまとめ、議事録と一緒に保存しておきます。手間としては1時間程度の作業ですが、数年後に説明を求められたとき、この1枚があるかどうかで会話がまったく変わります。
受け取る側は退職所得で課税される
結論: 役員退職金は受け取る側では退職所得となり、退職所得控除を差し引いた残額の2分の1が課税対象です。ただし役員等勤続年数が5年以下の場合、その部分には2分の1の計算が適用されません。
会社の損金の話ばかりが注目されますが、受け取る先代にとっては手取りがいくら残るかが関心事です。退職所得は所得税のなかでも負担が軽く設計されており、報酬として受け取り続けるより有利になる場面があります。
退職所得控除額の計算
国税庁のタックスアンサーNo.1420によると、退職所得控除額は勤続年数に応じて計算します。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(80万円に満たない場合は80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
勤続年数に1年未満の端数があるときは1年に切り上げます。10年2か月なら11年として計算し、控除額は440万円。30年なら1,500万円です。
30年勤めた経営者なら、1,500万円までは課税所得が生じない計算になります。障害者になったことが直接の原因で退職した場合は、さらに100万円が加算されます。
2分の1課税と特定役員退職手当等
退職所得の金額は、収入金額から退職所得控除額を差し引き、その残額に2分の1を掛けて求めます。この2分の1が、退職所得の負担が軽い最大の理由です。
ただし例外があります。国税庁のタックスアンサーNo.1420は、特定役員退職手当等を「役員等勤続年数が5年以下である人が支払を受ける退職手当等のうち、その役員等勤続年数に対応する退職手当等として支払を受けるもの」と定義し、この場合は2分の1の計算を適用しないとしています。
役員に就任してから5年以内に退職金を受け取る形は、この規定に当たります。承継を急ぐあまり短期間で役員を入れ替える設計をすると、想定より税負担が重くなることがあります。
他の所得と分離して計算する仕組み
退職所得は、原則として他の所得と分離して所得税額を計算します。同じ年に不動産所得や譲渡所得があっても合算されないため、税率が跳ね上がりません。
退職金を受け取る年に、あわせて自社株の一部を譲渡するといった動きを検討する会社がありますが、両者が合算されない点は設計に影響します。
給与や事業の所得と合算されません。
受給に関する申告書を出さない場合
退職所得の受給に関する申告書を会社へ提出していれば、会社が税額を計算して源泉徴収し、原則として確定申告は不要です。
提出していない場合、支払金額の20.42%が源泉徴収されます。本人が確定申告をすれば精算できますが、いったん多く引かれることになります。支給の直前に必ず提出してもらう書類として、社内の手順に組み込んでおきたいところです。
共済や確定拠出年金との受け取り順序
結論: 確定拠出年金の老齢給付金を一時金で受け取ってから会社の退職金を受け取る場合、重複期間の調整対象となる期間が、令和8年1月1日以後に受け取る一時金から前年以前9年内に延びました。従来は前年以前4年内でした。
ここは2026年に入って実際に変わった部分で、まだ知られていない論点です。経営者は会社の退職金だけでなく、小規模企業共済や確定拠出年金を併用していることが多く、受け取る順序と間隔で退職所得控除の使える量が変わります。
令和8年1月から変わった調整期間
e-Govで所得税法施行令70条1項2号を確認すると、確定拠出年金の老齢給付金の一時金について、令和8年1月1日以後に支払を受けたものに限り、その年の前年以前9年内に受け取っている場合は勤続期間の重複部分を調整すると定められています。
改正前は前年以前4年内でした。確定拠出年金の一時金を先に受け取り、4年空けて5年目以降に会社の退職金を受け取れば重複調整を避けられる、といういわゆる5年ルールが、9年空けて10年目以降という形に延びたということです。
老齢給付金の受給開始年齢を考えると、この10年をどう置くかは早い段階から考えておく必要があります。
退職金を先に受け取る場合の期間
順序が逆の場合、つまり会社の退職金を先に受け取り、あとから確定拠出年金の一時金を受け取るケースでは、その年の前年以前19年内に受け取った退職手当等が調整の対象になります。こちらは以前から19年内で、今回の改正でも変わっていません。
先に会社の退職金、あとから確定拠出年金という順序では、19年空けないと重複調整がかかる。実際にはほとんどの場合で調整が入る、と考えておいたほうが現実に合います。
順序で控除の使える量が変わる
小規模企業共済の共済金を一括で受け取る場合も退職所得として扱われます。会社の退職金、小規模企業共済、確定拠出年金と3つの受け皿がある経営者では、どれをいつ受け取るかで退職所得控除の使い方が変わってきます。
たとえるなら、控除という財布を何回に分けて開けるかという設計です。同じ年や近い年に重ねると、勤続期間の重複を調整され、控除の枠を二重には使えません。
引退の時期そのものを動かすのは難しくても、受け取りの順序は選べる部分です。承継の3年前くらいには、この整理に手をつけておきたいところです。
死亡退職金と弔慰金は別の枠で見る
結論: 死亡退職金は相続税の課税対象で、500万円に法定相続人の数を掛けた額までが非課税です。弔慰金は業務上の死亡なら普通給与の3年分、業務外なら半年分までが弔慰金として扱われます。
在任中に経営者が亡くなった場合、支給されるお金は退職金と弔慰金という2つの性質に分かれます。名目ではなく実質で判定されるため、区分を意識せずに支払うと想定外の課税が生じます。
500万円に法定相続人の数を掛けた枠
国税庁のタックスアンサーNo.4117は、被相続人の死亡によって支給されるべきであった退職手当金等で、死亡後3年以内に支給が確定したものは、相続または遺贈により取得したものとみなされて相続税の課税対象になるとしています。
そのうえで非課税限度額を、500万円 × 法定相続人の数と定めています。法定相続人が3人なら1,500万円です。相続を放棄した人がいても、放棄がなかったものとして人数を数えます。
生命保険金の非課税枠と同じ計算式ですが、別枠です。両方あれば、それぞれで枠を使えます。
弔慰金として扱われる範囲
国税庁のタックスアンサーNo.4120は、弔慰金のうち実質上退職手当金等に該当すると認められる部分は相続税の対象になるとしたうえで、それ以外の部分について弔慰金等に相当する金額を次のように示しています。業務上の死亡であるときは「被相続人の死亡当時の普通給与の3年分に相当する額」、業務上の死亡でないときは「被相続人の死亡当時の普通給与の半年分に相当する額」。
この金額を超える部分は、退職手当金等として相続税の対象になります。月額報酬100万円の経営者が業務外で亡くなった場合、弔慰金として扱われるのは600万円までという計算です。
普通給与とは、俸給、給料、賃金、扶養手当、勤務地手当、特殊勤務地手当などの合計額を指します。役員報酬もここに含めて考えます。
死亡後3年以内に確定したもの
相続税の対象になるのは、死亡後3年以内に支給が確定したものです。死亡退職で支給される金額が3年以内に確定した場合と、生前に退職していて支給額が死亡後3年以内に確定した場合の両方が含まれます。
3年を過ぎてから確定した退職金は、受け取った遺族の一時所得として所得税の対象になります。取扱いが変わるため、支給の決議が遅れると課税関係も変わる点は押さえておきたいところです。
自社株の評価額との関係
結論: 役員退職金の支給は、純資産価額方式では純資産を減らし、類似業種比準方式では1株当たりの利益金額を下げるため、自社株の評価額に影響します。株式の移転時期と支給時期の関係が論点になります。
事業承継で役員退職金が重視されるのは、老後資金や損金算入だけが理由ではありません。自社株の評価額に影響するからです。
2つの評価方式それぞれへの影響
国税庁の財産評価基本通達に基づく非上場株式の評価では、純資産価額方式と類似業種比準方式が使われます。
純資産価額方式は、会社の資産から負債を引いた純資産をもとに計算します。退職金を支払えば現金が出ていき、純資産が減ります。
類似業種比準方式は、1株当たりの配当金額・利益金額・簿価純資産価額の3つを類似業種の数字と比べて計算します。役員退職金は損金なので課税所得を減らし、利益金額の比準要素を下げます。
つまり両方の方式に影響します。支給した事業年度を挟んで評価額が変わるため、株式を後継者に移すタイミングとの関係が論点になります。
支給と株式移転のタイミング
評価額が下がった時期に贈与や譲渡を行えば、税負担を抑えられる可能性があります。ただし、評価額だけを見て時期を決めるのは危うい。
退職金を支払った直後は会社の手元資金が薄くなっています。そのタイミングで後継者が納税資金を用意しなければならない設計にすると、会社と個人の両方で資金が足りなくなります。あわせて考えるべきは、評価額と資金繰りの両面です。
資金の用意の仕方
結論: 役員退職金は一度に大きな現金支出になるため、支給の数年前から準備するのが基本です。生命保険を使う場合は、解約返戻金の益金と退職金の損金が同じ事業年度に立つかどうかが分かれ目になります。
金額の話ばかり詰めて、支払う現金の話が後回しになっているご相談は珍しくありません。決議はできても、払えなければ意味がないのです。
生命保険を使う場合の注意
役員退職金の準備として法人契約の生命保険を使う会社は多くあります。仕組みとしては、保険を解約して受け取る解約返戻金を退職金の原資に充てる形です。
注意したいのは、解約返戻金が益金として計上される点。退職金という損金と、解約返戻金という益金を同じ事業年度に立てられれば相殺されますが、期がずれると片方だけが利益として残ります。
決算月と解約の時期、株主総会の日程を並べて確認しておく必要があります。保険を掛けたから安心、とはならないのです。
分割で支払う場合
一括で払える資金がない場合、複数年に分けて支払う設計も取られます。ただし、分割払いにすると退職給与としての性質が問われる場面が出てきます。
未払金に計上しただけでは損金にならない場面があること、分掌変更のケースでは未払計上が原則として退職給与に含まれないことは、前に述べたとおりです。分割を検討するなら、決議の内容と支払計画をあらかじめ整えておくのが安全です。
金融機関への説明
多額の退職金を支払うと、決算書の純資産が減り、当期は大きな赤字になることもあります。金融機関がこの決算書をどう読むかは、あらかじめ想定しておきたい点です。
役員退職金による一時的な損失であることを説明できれば、実質的な収益力の評価は変わらない、という見方をしてもらえる場合があります。決算書を出す前に、支給の背景を伝えておくのが現実的です。
よくある相談事例
運送会社:会長職に残ったまま退職金を出したかった
「息子に代表を譲るので、自分は会長として週2日だけ出社します。退職金は出せますか」。創業から40年の運送会社からのご相談でした。
伺うと、大手荷主との運賃交渉は引き続きご本人が担当し、銀行との融資の話も同席する予定とのこと。この状態では、実質的に退職したと同様の事情にあるとは言いにくくなります。
そこで、荷主との窓口を後継者に切り替える時期、金融機関への同行をいつまでにするかを、支給予定日から逆算して整理しました。取締役会の構成も見直し、会長を諮問的な立場に置く形に変更。半年かけて実態を移してから決議する日程に組み替えています。
食品製造業:直前に報酬を上げようとした
決算3か月前に「退職金を増やしたいので、来月から役員報酬を倍にできますか」というご相談。
期中の増額は定期同額給与の問題が生じるうえ、退職の直前に上げた報酬を計算の基礎にすると、金額の相当性の説明が難しくなります。ここは正直にお伝えしました。
代わりに整理したのが、過去15年分の報酬推移です。この会社は業績が厳しかった時期に代表の報酬を大きく下げており、職責に対して低い水準が続いていました。その事情を算定書に記載し、功労加算の根拠として組み立て直しています。
美容室チェーン:確定拠出年金と重なっていた
個人型確定拠出年金を長く積み立ててきた代表の方から、引退設計のご相談を受けました。ご本人は一時金で受け取り、5年空けてから会社の退職金を受け取る計画を立てておられました。
令和8年1月1日以後に受け取る一時金からは、調整の対象となる期間が前年以前9年内に延びています。5年では重複調整がかかる計算です。
受給開始の年齢と引退予定の年を並べ、どちらを先にするかを含めて組み直しました。結論としては、会社の退職金を先に受け取る形に変更しています。
設計事務所:規程がないまま総会だけ済ませていた
すでに株主総会で退職慰労金の支給を決議したあとに来られたご相談です。議事録には総額の記載だけがあり、退職慰労金規程は存在しませんでした。
決議自体は有効ですが、金額の算定根拠を示す資料がありません。そこで、決議時点で参照していた考え方を役員の方から聞き取り、最終月額報酬・在任年数・功績倍率・退任の事情を1枚の算定書にまとめ直しました。あわせて、今後のために退職慰労金規程を整備しています。
後付けで作った資料は、決議と同時に作った資料ほどの説得力はありません。それでも、何も残っていない状態よりは説明が立ちます。
よくある質問
功績倍率は必ず3.0倍にすべきですか?
代表権を外して会長になった場合、退職金は出せますか?
退職金の決議をした期と支払う期がずれても大丈夫ですか?
役員退職金を受け取ると、確定申告は必要ですか?
在任中に経営者が亡くなった場合、退職金はどう扱われますか?
退職金を払うと赤字になりますが、問題ありませんか?
小規模企業共済や確定拠出年金と、どちらを先に受け取るべきですか?
まとめ:計算式より、根拠を残せるかどうか
- 役員退職金に法律上の上限額はありません。法人税法施行令70条2号は、業務に従事した期間・退職の事情・同種同規模法人の支給状況で相当性を判定するとしています
- 功績倍率法は国税庁の法人税基本通達9-2-27の3が定義する算定方法です。3.0倍という数字は法令に根拠がなく、それ自体が安全性を保証するものではありません
- 分掌変更で支給する場合、判定の中心は肩書きではなく実態です。給与がおおむね50%以上減っただけでは足りず、経営上主要な地位を占めていないことが求められます
- 損金算入の時期は、決議で確定した事業年度が原則で、支払った事業年度に損金経理する方法も認められます。内定額の未払計上はできません
- 受け取る側は退職所得となり、退職所得控除を引いた残額の2分の1が課税対象です。役員等勤続年数が5年以下の場合は2分の1の計算がありません
- 確定拠出年金の一時金との重複調整は、令和8年1月1日以後に受け取るものから前年以前9年内に延びました
優先順位を付けるなら、まず手を付けるべきは退職慰労金規程と算定書です。金額を決めることより先に、決め方を書いておく。この順序を逆にした会社が、あとから説明に苦労しています。
避けたいのは、退職直前の報酬増額と、資金の裏付けがないままの決議。どちらも後から取り返しにくい部分です。
次の一歩として、承継の予定時期から逆算した日程表を1枚作ってみてください。規程の整備、実態の移行、決議、支払い、株式の移転をどの順で置くか。この並べ替えだけで、選べる打ち手が変わります。
自社にとって適正な役員退職金の水準や、承継の日程との兼ね合いは、会社の状況によって答えが変わります。税理士法人Light UPの無料相談では、規程の有無や資金の準備状況を伺ったうえで、検討の順番から一緒に整理します。





