M&Aの税務|売り手側で押さえるポイント
監修税理士法人Light UP 代表社員(税理士) 中村 清誉
「3億円で売れると言われたが、手元にはいくら残るのか」。「退職金を先に取ったほうがいいと聞いたが、本当か」――会社を譲渡する側からのご相談は、この2つに集約されます。
売り手が最初に決めるべきは、譲渡価格ではなく譲渡の方式です。株式を売るのか、事業を売るのか。ここで課される税金の種類も税率も変わります。個人が非上場株式を譲渡した場合は所得税15パーセントと住民税5パーセントの申告分離課税、これに復興特別所得税が加わって合計20.315パーセント。一方、法人が譲渡すれば法人税の対象となり、他の所得と合算されます。
税理士法人Light UPでは、価格の交渉が始まる前に手取りの試算をお勧めしています。方式が決まってしまってからでは、選べる幅がほとんど残らないためです。
なお、以下は制度の一般的な説明です。個別の事案での適用は、株主構成、取得の経緯、契約条件によって変わります。実際の判断は必ず税理士にご確認ください。
方式によって税金が変わる
結論: M&Aの方式は主に株式譲渡と事業譲渡に分かれ、誰に課税されるか、どの税目が課されるかが根本的に異なります。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 代金を受け取る人 | 株主(個人または法人) | 会社 |
| 課される税 | 個人なら所得税・住民税、法人なら法人税等 | 法人税等と消費税 |
| 個人株主の税率 | 合計20.315パーセントの申告分離課税 | 会社に課税された後、配当や退職金で個人へ |
| 手続きの重さ | 株式を移すだけで完結 | 資産・契約・許認可を個別に移す |
株式譲渡は株主にお金が入る
会社の株式を買い手に売る方式です。代金を受け取るのは株主個人ですので、会社を経由せずに手元へ入ります。契約や許認可はそのまま引き継がれるため、手続きも軽く済みます。中小企業のM&Aで最も多く使われる方式です。
会社ではなく、株主個人に代金が入ります。会社の資産と負債はそのまま残ります。だから会社の中身は変わりません。
事業譲渡は会社にお金が入る
事業の一部または全部を売る方式です。代金は会社に入り、法人税等が課されます。その後、経営者個人が受け取るには配当や退職金といった段階を踏むことになり、そこでもう一度課税されます。
一方、買い手にとっては簿外債務を引き継がずに済む利点があるため、買い手側から事業譲渡を求められることがあります。
株主に渡すには、配当か退職金の形が要ります。
個人株主が株式を譲渡する場合
結論: 譲渡益に対して所得税15パーセント、住民税5パーセント、これに復興特別所得税を加えた合計20.315パーセントが課され、他の所得とは合算されません。
税率の内訳と、譲渡所得の計算
国税庁は、株式等を譲渡したときの税率について20パーセント(所得税15パーセント、住民税5パーセント)とし、これとは別に復興特別所得税として基準所得税額に2.1パーセントを乗じた額が加算されると説明しています。この合計が20.315パーセントです。
給与所得や不動産所得がいくらあっても、この税率は変わりません。累進課税ではないため、譲渡額が大きくなるほど税率が上がる仕組みではない点が特徴です。
国税庁が示す計算式は、総収入金額(譲渡価額)から必要経費(取得費+委託手数料等)を差し引いて譲渡所得等の金額を求める形です。
取得費とは、その株式を取得するために支払った金額です。会社を設立したときに払い込んだ資本金や、他の株主から買い取ったときの代金が該当します。
取得費が分からないとき。非上場株式は上場株式と別枠
先代から引き継いだ株式で、いくらで取得したか記録がない。この相談は少なくありません。この場合、譲渡価額の5パーセントを取得費とする方法が認められています。
ただし、実際の取得費がそれより高いことを資料で示せるなら、そちらを使えます。古い増資の記録や、株式を買い取ったときの契約書が残っていないか、最初に探すことになります。差額はそのまま課税所得に響きます。
上場株式等と一般株式等(非上場株式)は、それぞれ独立した分離課税の区分です。国税庁も、上場株式等に係る譲渡損失を一般株式等の譲渡所得から控除することはできない旨を明示しています。
保有している上場株式で損失が出ていても、会社の売却益とは通算できません。
法人が株式を譲渡する場合
結論: 持株会社などの法人が株式を譲渡した場合、譲渡益は他の所得と合算され、法人税等の課税対象になります。個人の分離課税とは仕組みが異なります。
他の所得と合算される。損失が出ている場合は活かせる
個人のように独立した税率が適用されるのではなく、その事業年度の所得に含めて計算されます。本業が赤字であれば、その赤字と相殺されることになります。
繰越欠損金がある法人であれば、譲渡益と相殺できる場合があります。持株会社を挟んでいる会社では、どちらで売るかによって結果が変わりますので、株主構成の段階から確認しておく必要があります。
事業譲渡を選ぶ場合
結論: 事業譲渡では法人税等に加えて消費税がかかります。譲渡する資産の中身によって課税・非課税が分かれる点に注意が必要です。
消費税の扱いと、のれんの扱い
事業譲渡は、資産の譲渡として消費税の課税対象になります。ただし、譲渡する資産のすべてに課税されるわけではありません。建物や棚卸資産、のれん(営業権)は課税されますが、土地や有価証券、金銭債権は非課税です。
売り手は買い手から消費税を預かり、申告して納付します。資金の流れとしては一度入ってくるため、納付の時期まで手をつけないよう管理しておく必要があります。
譲渡価額のうち、個々の資産の時価を上回る部分がのれんとして扱われます。売り手にとっては譲渡益の一部となり、買い手にとっては資産計上して償却の対象となります。
手続きの負担
契約、許認可、従業員の雇用は自動的には移りません。取引先ごとの同意、許認可の取り直し、従業員との再契約が必要になります。税務以前に、この手間が事業譲渡を選びにくくしている理由です。
契約の巻き直しと許認可の取り直しが要ります。従業員も個別の同意が要る形になります。件数が多いほど時間がかかります。株式譲渡と比べて、実務の重さがはっきり違う部分です。
売る前に片付けておくこと
結論: 株式が分散している、名義株が残っている、役員貸付金があるといった状態は、譲渡の交渉が始まる前に解消しておく必要があります。
株式の分散と、名義株の解消
創業時に頭数を揃えるため親族や知人に株主になってもらった会社では、株式が散らばっていることがあります。買い手は原則として全株の取得を求めますので、1人でも応じない株主がいると取引が成立しません。
連絡が取れない株主、相続で株式が分かれてしまった株主。こうした事情は、買い手を探し始めてから判明すると交渉の途中で止まります。株主名簿は、早い段階で開いておく必要があります。
実際の出資者と名義人が異なる株式です。旧商法の時代に発起人を7人揃える必要があったことから、名義だけを借りた例が多く残っています。
真の株主が誰かを整理しないまま譲渡すると、後から名義人やその相続人が権利を主張する可能性があります。買い手のデューデリジェンスでも必ず確認される項目です。
役員貸付金
会社から経営者個人への貸付金が残っていると、買い手はそれを引き継ぐことになります。譲渡代金から相殺する形で処理されることが多く、実質的に手取りが減ります。
解消には時間がかかるため、譲渡を考え始めた時点で動き出さないと間に合いません。
決算書に残っていると、買い手から指摘されます。売る前に解消しておくことです。返済か、退職金と相殺する方法があります。
税務デューデリジェンスで見られる点
結論: 買い手は過去の申告内容を調査し、追徴の可能性がある項目を洗い出します。指摘された内容は、価格の減額や補償条項として跳ね返ります。
よく指摘されるのは、役員給与の処理、消費税の課税区分の誤り、未払いの残業代、外注費として処理している支払いの給与該当性です。いずれも、修正されれば過去にさかのぼって税負担が生じ得る項目です。
指摘されてから慌てて説明するより、自社で先に確認しておくほうが交渉は有利に進みます。買い手は、問題があること自体より、把握していなかったことを不安に感じます。
契約では、こうしたリスクについて表明保証を求められ、後から損失が出た場合に補償する条項が入ります。譲渡代金の一部を一定期間留保する形もあります。契約書の税務条項は、税理士にも目を通してもらう部分です。
役員退職金を組み合わせるとき
結論: 退職金として受け取る部分は退職所得となり、退職所得控除を差し引いた残額の2分の1に課税されます。ただし在任年数と金額の妥当性という2つの制約があります。
退職所得の計算式と、退職所得控除額
国税庁が示す計算式は、収入金額から退職所得控除額を差し引き、その2分の1を退職所得の金額とするものです。退職所得は原則として他の所得と分離して税額を計算します。
勤続年数によって決まります。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円) |
| 20年超 | 800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
30年勤めた経営者であれば、800万円+70万円×10年で1,500万円が控除額です。長く在任しているほど、この枠は大きくなります。
役員は5年以下だと2分の1が使えない。不相当に高額な部分
役員等勤続年数が5年以下である人が支払を受ける退職手当等については、退職金の額から退職所得控除額を差し引いた額がそのまま退職所得の金額となり、2分の1計算の適用はありません。
M&Aの直前に役員へ就任させて退職金を出す、という組み立てが通用しないのはこのためです。
法人税法第34条第2項により、退職給与のうち不相当に高額な部分の金額は、会社の損金に算入されません。実務では、最終報酬月額、在任年数、功績倍率を掛け合わせた金額が一つの目安とされます。
金額の設定は、支給する会社側の損金性と、受け取る個人側の課税の両面で見る必要があります。買い手は退職金を含めた条件で譲渡価格を組み立てますので、交渉の早い段階で論点として出しておくべきです。
仲介手数料と譲渡費用
結論: 株式の譲渡に直接要した費用は必要経費として差し引けます。契約書の記載や請求の名義によって扱いが変わるため、事前の確認が必要です。
何が差し引けるか
国税庁が示す計算式では、必要経費として取得費と委託手数料等を挙げています。譲渡のために直接支払った費用が対象です。
注意したいのは、その費用を誰が負担したかです。会社が支払った費用は会社の経費であって、個人の譲渡所得からは差し引けません。株主個人が負担すべき費用を会社が払っていると、役員賞与と見られる可能性もあります。
手数料は説明を求めてよい
中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)では、仲介者やFAに対し、契約締結前に手数料の詳細な算定基準、提供する具体的な業務、担当者の保有資格や経験年数、成約実績などを説明することが求められています。
売り手側についても、手数料と業務内容を確認すること、手数料の交渉を検討すること、必要に応じてセカンドオピニオンを取ることが重要とされています。提示された料率をそのまま受け入れる必要はない、ということです。
代金の受け取り方で変わること
結論: 一括受領、分割払い、業績連動の追加払いでは、課税される時期や金額の確定時期が異なります。契約条件を決める前に確認が必要です。
一括で受け取る場合と、分割で受け取る場合
譲渡が成立した年に、譲渡所得として申告します。所得税の申告期限は翌年の3月15日ですので、代金を受け取ってから納税までに時間があります。この間に使ってしまわないよう、納税資金を分けておく必要があります。
代金の一部を後日受け取る形にしても、譲渡した時点で全額が確定していれば、その年の所得として申告することになります。手元に入っていない分の税金を先に払う形になり得るため、資金繰りの確認が要ります。
業績連動の追加払い
譲渡後の業績に応じて追加の対価が支払われる条件を付けることがあります。金額が後から確定するため、課税の時期や区分について事前に整理しておく必要があります。契約書の書きぶりで扱いが変わる部分で、締結前の相談が要ります。
アーンアウトと呼ばれる条項です。達成の判定を売上に置くか営業利益に置くかで、支払われる可能性そのものが変わります。譲渡後に経営から離れる売り手であれば、達成できるかどうかは買い手の運営次第になる点も見ておくことになります。
受け取った年の所得になります。条件と時期を契約で明確にしておくことです。
譲渡した年の申告と納税
結論: 株式を譲渡した年の翌年に確定申告が必要です。所得税は翌年3月15日まで、住民税はさらに後から請求が来ます。
申告の時期と、住民税は後から来ること
譲渡が成立した年の所得として、翌年の確定申告で申告します。年の前半に譲渡した場合、代金を受け取ってから納税まで1年近く空くことになります。
所得税の申告と、住民税の到来は時期がずれます。
所得税を納めた後、住民税の通知が届きます。譲渡益が大きければ住民税も相応の額になりますので、所得税を払った時点で終わりだと考えていると、資金の手当てが狂います。
納税資金を分けておく。国民健康保険料への影響
受け取った代金から税額相当を別口座に移し、手をつけない運用にしておきます。譲渡後に新しい事業や投資へ資金を動かした結果、納税の段階で資金が足りなくなる事例があります。
譲渡益は所得として扱われるため、国民健康保険に加入している場合は保険料に影響します。金額の大きい譲渡では、翌年度の負担が想定外に増えることがあります。
検討の順序
結論: 株主構成の確認、方式の選択、手取りの試算、退職金の検討、契約条件の確認という順で進めます。価格交渉より前に始めておきます。
- 株主構成を確認する。 誰が何株持っているか、名義株が混じっていないか。ここが整理されていないと、売却そのものが進みません。
- 方式を選ぶ。 株式譲渡か事業譲渡か。買い手の意向もありますが、税負担の差を把握したうえで交渉に臨みます。
- 手取りを試算する。 譲渡価額から取得費、譲渡費用、税額を差し引いた金額を出します。取得費の資料集めもこの段階です。
- 退職金の枠を確認する。 在任年数と最終報酬月額から、妥当な水準を確認します。
- 契約条件を税務の目で見る。 代金の受け取り方、表明保証、譲渡日。いずれも課税に影響します。
相談事例|売り手側の4つの場面
結論: 相談の現場で多いのは、税務の検討を始める時期が遅く、選択肢が残っていないケースです。
取得費の資料が残っていなかった製造業の方。 先代から株式を引き継いでおり、取得の経緯を示す資料がありませんでした。譲渡価額の5パーセントを取得費とする方法を使うと、譲渡益が大きくなります。古い議事録と株主名簿を探し直し、増資の記録を一部復元できました。
基本合意の後に相談に来られた小売業の方。 譲渡価格も方式も決まった後でした。退職金を組み込む余地はほとんど残っておらず、条件の再交渉も難しい段階です。相談の時期が2か月早ければ、と感じた事案でした。
「仲介会社に言われた料率をそのまま受け入れた」――サービス業の方からのご相談です。手数料の算定基準について詳しい説明を受けていませんでした。ガイドラインでは説明が求められていることをお伝えし、次のフェーズの手数料については確認のうえ進めています。
持株会社で売るか個人で売るかを検討した卸売業の方。 株式の一部を資産管理会社が保有していました。どちらで譲渡するかで課税関係が変わるため、両方のパターンで試算したうえで判断しています。
よくある質問
株式を譲渡したときの税率はいくらですか?
取得費が分からない場合はどうなりますか?
株式譲渡と事業譲渡はどちらが有利ですか?
役員退職金はいくらまで出せますか?
M&Aの直前に役員に就任させて退職金を出せますか?
税理士への相談はいつがよいですか?
まとめ:価格を決める前に、方式と手取りを確かめる
M&Aの税務で最初に決まるのは、株式譲渡か事業譲渡かという方式です。個人株主が株式を譲渡すれば合計20.315パーセントの申告分離課税、事業譲渡なら会社に法人税等と消費税がかかり、個人が受け取るまでにもう一段階あります。
退職金を組み合わせる場合、退職所得控除は勤続20年超なら800万円+70万円×(勤続年数-20年)です。ただし役員等勤続年数が5年以下だと2分の1計算が使えず、不相当に高額な部分は会社の損金にもなりません。直前に整えて効果を出せる仕組みではない、と理解してください。
やっておくべきことを1つ挙げるなら、取得費の資料を今のうちに探すことです。設立時の払込み、過去の増資、他の株主からの買取り。これらの記録があるかどうかで、課税される譲渡益が変わります。譲渡の話が具体化してから探し始めると、間に合わないことがあります。
手数料についても、提示された条件をそのまま受け入れる必要はありません。中小M&Aガイドラインは、算定基準や業務内容の説明を仲介者に求めており、売り手側にも確認と交渉の検討を促しています。
譲渡の検討を始めた段階で、税引後にいくら残るかを確かめておきたい方は、税理士法人Light UPの無料相談をご利用ください。株主構成と直近3期の決算書をもとに、方式ごとの違いを整理します。
出典
- 国税庁 タックスアンサー No.1463「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」
- 国税庁 タックスアンサー No.1420「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
- 法人税法第34条第2項(不相当に高額な役員給与)
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」令和6年8月





