あえて法人化しない選択|節税にならないケース
「周りが次々と法人にしているが、自分もそうすべきなのか」。「税理士に勧められたが、本当に得なのか分からない」――法人化を見送るかどうかのご相談は、この2つから始まります。
法人化は、条件が揃えば手取りを増やせる手段です。ただし、条件が揃っていない状態で実行すると、社会保険料と均等割と事務コストだけが増えます。しかも、一度作った法人をたたむには、設立時を上回る費用と時間がかかります。
税理士法人Light UPでは、法人化を勧めない場面のほうが多いと感じています。利益がまだ小さい、変動が大きい、数年内に事業をたたむ可能性がある。こうした状況では、個人事業のまま使える制度を積み上げるほうが、手元に残る金額は大きくなります。
この記事では、法人化しないほうが合理的な7つの場面、個人のままで使える制度、それでも法人化を選ぶ理由、そして後から法人化する場合の考え方を整理します。
法人化で必ず増えるもの
結論: 法人化すると、利益の有無にかかわらず発生する費用があります。法人住民税の均等割、社会保険料の会社負担分、決算と申告にかかる費用の3つです。
赤字でもかかる均等割と、社会保険料の会社負担分
法人住民税の均等割は、所得がゼロでも発生します。資本金1,000万円以下で従業員が少ない会社であれば、年7万円程度が目安です。
個人事業には、これに相当する固定的な負担がありません。事業が止まっている年でも払い続けることになります。
役員報酬を出せば、社会保険への加入が原則として必要です。日本年金機構は保険料率について「厚生年金保険料率は18.3%で固定されています」と示しており、この保険料は事業主と被保険者が半分ずつ負担します。会社側だけで報酬の9.15パーセント、これに健康保険料が加わります。
個人事業主が払う国民年金は定額、国民健康保険には上限があります。所得の水準によっては、法人化で負担が大きく増えます。
月60万円の役員報酬であれば、会社負担分だけで年間100万円を超える規模になります。この金額を、税率の差で取り戻せるかどうかが判断の分かれ目です。
決算と申告の費用
法人の申告書は個人の確定申告より複雑です。税理士に依頼する費用も上がりますし、社会保険の手続きや登記の維持といった作業も加わります。
法人の決算と申告は、個人の確定申告とは作業の量が違います。別表の作成、地方税の申告、勘定科目内訳明細書の作成まで含まれるためです。自分で行う場合も、その分の時間が固定的に取られることになります。
法人化しないほうがよい7つの場面
結論: 利益の水準と安定性、家族の状況、将来の見通し。この3つの観点から、法人化を見送るほうが合理的な場面が7つあります。
1. 利益がまだ小さい/2. 利益の変動が大きい
課税所得が500万円に届かない水準では、税率の差で得られる分より、社会保険料と固定費の増加が上回ることが多くなります。まず利益を積み上げるほうが先です。
年によって利益が倍以上動く事業では、高い年の数字だけを見て法人化すると、低い年に均等割と社会保険料の負担だけが残ります。2期から3期の実績を見てから判断しても遅くありません。
3. 配偶者の扶養に入っている/4. 数年内に事業をたたむ可能性がある
事業主本人が配偶者の健康保険の扶養に入っている場合、法人化して役員報酬を受け取ると扶養から外れます。世帯全体で見ると、保険料の負担が一気に増えることがあります。
ここを個人単位で見ると、判断を誤ります。世帯単位の数字で並べる必要があります。
引退の時期が視野に入っている、後継者がいない、体力的に続けられる年数が限られている。こうした状況では、法人を作ってもすぐに解散と清算の手続きが必要になります。
法人をたたむ費用は、作る費用より大きくなります。
5. 従業員を雇う予定がない/6. 許認可の取り直しが重い
一人で完結する事業では、法人化の効果が限られます。家族に給与を出して所得を分散する余地もなく、社会保険の適用対象が本人だけになるためです。
事業に許認可が必要な場合、法人化すると取り直しになることがあります。手続きの期間中に事業が止まれば、その損失のほうが大きくなります。
建設業、飲食業、運送業、古物商など、許認可の種類によって手間が大きく異なります。着手する前に調べておかないと、想定した日程が崩れます。
7. 個人の資産管理が中心
規模の小さい不動産賃貸など、事業というより資産の管理に近い場合、法人化の効果は限定的です。物件を法人へ移す際に譲渡所得や不動産取得税、登録免許税が発生する点も見落とせません。
不動産や有価証券の保有が中心で、事業としての活動が小さい場合は、法人にしても社会保険や均等割の負担だけが増えます。資産の承継まで見据えるなら別の設計になりますが、目先の税負担だけを理由に作る場面ではありません。
規模と段階で見る判断
結論: 法人化の要否は、利益の水準だけでなく、事業の段階によっても変わります。立ち上げ期、安定期、縮小期のどこにいるかで、選ぶべき答えは違います。
| 事業の段階 | 状況 | 法人化の考え方 |
|---|---|---|
| 立ち上げ期 | 利益が読めない。設備投資が先行 | 実績を積んでから。免税期間を後に残せる |
| 成長期 | 利益が伸び、人を雇い始める | 検討の時期。信用面の必要性も出てくる |
| 安定期 | 利益が一定水準で続いている | 試算のうえ判断。控除を使い切った後の水準で見る |
| 縮小期 | 引退や廃業が視野に入っている | 見送る。たたむ費用のほうが大きい |
事業を始めたばかりの時期は、利益が読めません。この段階で法人を作ると、赤字でも均等割がかかり、役員報酬を出せば社会保険料も発生します。
実績を数年積んでから設立するほうが、融資や取引の交渉もしやすくなります。
人を雇い始め、取引先が広がる時期です。信用面の必要性が具体的に出てきますし、利益の水準も判断できる材料が揃います。
法人をたたむには、解散と清算の登記、官報公告、清算事業年度の申告が必要です。作る費用より大きくなりますので、数年内に終える可能性があるなら見送るほうが合理的です。
勧められたときに確認すること
結論: 法人化を勧められた場合、税率の比較だけでなく、社会保険料と固定費を含めた試算が出てくるかどうかです。数字がなければ判断できません。
何の金額で比べているか。前提となる役員報酬はいくらか
税率だけの比較なのか、社会保険料まで含めた手取りの比較なのか。前者だけで法人化を勧められている場合、実際の手取りは想定と違う結果になります。
比べる対象が分かったら、次はその前提です。同じ利益でも、置いた役員報酬の額で結論は変わります。
役員報酬の設定額によって、法人と個人の負担配分が変わります。試算の前提が示されていなければ、その数字は判断に使えません。
制度の適用要件を満たしているか。何年で回収できるか
国税庁は中小法人の法人税率について、令和7年4月1日以後に開始する事業年度において「所得金額が年10億円を超える事業年度については、年800万円以下の部分に適用される税率は17パーセント」としています。制度には必ず要件と例外があります。
自社が要件を満たしているかどうかは、実行前に確かめておく必要があります。
設立費用と、増える固定費。これらを何年で取り戻せるのかを確認します。回収に5年かかる計算なら、5年続ける前提が必要です。
個人のままで使える制度
結論: 法人化しなくても、所得を圧縮できる制度は複数あります。青色申告特別控除、小規模企業共済、経営セーフティ共済、確定拠出年金が代表的です。
| 制度 | 内容 | 上限の目安 |
|---|---|---|
| 青色申告特別控除 | 帳簿要件を満たすと所得から控除 | 最大65万円 |
| 小規模企業共済 | 掛金が全額所得控除。退職金の代わり | 月7万円 |
| 経営セーフティ共済 | 掛金が必要経費。取引先の倒産に備える | 掛金残高800万円まで |
| 個人型確定拠出年金 | 掛金が全額所得控除 | 加入区分により異なる |
青色申告特別控除と、小規模企業共済
複式簿記で記帳し、電子申告または電子帳簿保存の要件を満たせば、最大65万円を所得から控除できます。要件を満たさない場合は55万円または10万円です。
会計ソフトを使っていれば、追加の手間はほとんどありません。使っていない事業者が意外に多い制度です。
掛金は月1,000円から7万円まで選べ、全額が所得控除の対象です。事業をやめたときや引退時に共済金を受け取る仕組みで、個人事業主にとっての退職金に当たります。
年間の掛金上限は84万円。これだけで、所得税と住民税の負担が変わります。
経営セーフティ共済と、確定拠出年金
取引先の倒産に備える制度で、掛金月額は5,000円から20万円まで、掛金残高が800万円に達するまで納付できます。掛金は個人事業主では必要経費に算入できます。
ただし、解約のタイミングによっては受け取った解約手当金が課税されますので、出口の設計が必要です。
個人型確定拠出年金の掛金も全額が所得控除です。老後資金の準備と所得の圧縮を同時に行えます。
これらを積み上げると、年間の控除額は相当な規模になります。法人化を検討する前に、使い切っているかどうかを見ておく価値があります。
法人化しない場合に諦めるもの
結論: 個人のままでいると、給与所得控除、退職金、欠損金の長期繰越し、そして取引上の信用という4つを使えません。
給与所得控除と退職金
法人化して役員報酬を受け取れば、その報酬から給与所得控除を差し引けます。個人事業では、この控除が使えません。法人化による効果の中心はここにあります。
受け取り方の選択肢も、法人のほうが広くなります。在職中に受け取るか、退任のときにまとめて受け取るかという違いです。
個人事業主は自分に退職金を出せません。小規模企業共済が代替になりますが、金額の規模は法人の役員退職金に及びません。
欠損金の繰越期間と、取引と信用
法人の欠損金は10年間繰り越せます。個人事業の純損失は3年です。赤字が出やすい事業では、この差が響きます。
税の扱いだけでなく、外から見た形も変わります。取引の条件として法人であることを求められる場面は、業種によって差があります。
法人でなければ取引しないという相手がいます。金融機関の見方、採用のしやすさにも差が出ます。数字にならない部分ですが、実際に法人化の理由として挙げられます。
判断の手順
結論: 個人のままで使える制度を確認し、それでも残る利益を見て、3年から5年の見通しと合わせて判断します。単年度の比較では答えが出ません。
- 使っていない制度を洗い出す。 青色申告特別控除、小規模企業共済、確定拠出年金。まず個人のままでできることを埋めます。
- それでも残る課税所得を出す。 控除を使い切った後の水準が、判断の出発点です。
- 社会保険料を世帯で計算する。 本人だけでなく、配偶者や子の扶養がどうなるかまで含めます。
- 3年から5年の見通しを置く。 利益が伸びる見込みか、横ばいか、縮小するか。法人化は単年度の判断ではありません。
- 税以外の必要性を確認する。 取引先の要請、融資の予定、採用の計画。数字に表れない理由があるかを確認します。
後から法人化するときの考え方
結論: 法人化は先送りしても不利になりません。むしろ、消費税の免税期間を後に残せる、実績を積んでから設立できるという利点があります。
免税期間を残せる。実績を持って設立できる
法人を設立すると、原則として設立から2期は基準期間がないため、消費税の納税義務が生じません。個人事業で課税事業者になった後に法人化すれば、この期間を新たに使えます。
ただし、資本金1,000万円以上での設立や特定期間の判定、インボイス発行事業者としての登録がある場合は、この扱いになりません。
数年の事業実績があれば、法人設立後の融資や取引の交渉がしやすくなります。実績のない状態で法人を作るより、話が通りやすい場面があります。
引き継ぎの手続きは発生する
一方、法人成りの際には、資産の引継ぎ、契約の名義変更、許認可の取り直しが必要です。取引先への案内も要ります。手間そのものは、後になっても変わりません。
個人の廃業届、資産の移転、契約の名義変更、許認可の取り直し。あとから法人化しても、この手間は同じように発生します。先送りにすることで消えるわけではないという点は、押さえておくところです。
よくある4つの誤解
結論: 法人化にまつわる話には、事実と違うものが混ざっています。経費の範囲、消費税との関係、税務調査、赤字の扱いの4つが代表的です。
法人にすると経費の範囲が広がる/売上1,000万円を超えたら法人化すべき
判断の基準は、法人でも個人でも同じです。事業に関連する支出かどうかで決まります。法人だから私的な支出を落とせる、ということはありません。
違うのは、役員社宅や出張旅費規程のように、法人の形だから整えられる仕組みがある点です。範囲が広がるのではなく、選べる手段が増えるということです。
これは消費税の話と混ざっています。基準期間の課税売上高が1,000万円を超えれば課税事業者になりますが、それは個人でも法人でも同じです。
法人を設立すれば設立から2期は基準期間がないため納税義務が生じませんが、資本金1,000万円以上での設立やインボイス登録があれば当てはまりません。売上の金額そのものは、法人化の理由になりません。
法人のほうが税務調査に入られにくい/赤字にしておけば安心
そのような事実はありません。個人事業でも法人でも、申告内容や業種、規模に応じて調査は行われます。
調査の話と並んで多いのが、赤字にしておけば安全だという受け止め方です。どちらも、実態とは離れた理解です。
法人の欠損金は10年繰り越せますが、赤字が続く決算書は融資の場面で不利に働きます。税負担を避けるために赤字にする発想は、資金調達の道を狭めます。
見送った後にやること
結論: 法人化を見送る判断をしたら、毎年の決算後に見直す仕組みを作り、記帳の精度を上げておきます。将来の法人化に備える準備でもあります。
一度見送ったら終わりではありません。控除を使い切った後の課税所得が上がってきたら、そのタイミングで再度試算します。決算後の面談で確認する習慣にしておくと、判断の時期を逃しません。
法人成りの際、資産や負債を引き継ぐ手続きが必要になります。日ごろの記帳が正確であれば、この作業は軽く済みます。逆に、実態と帳簿が離れていると、引継ぎの段階で整理に時間がかかります。
事業用の口座を分け、私的な支出を混ぜない。個人事業のうちからこの習慣があると、法人化した後も同じ運用を続けられます。会社と経営者の資金が行き来する状態は、融資の場面でも指摘されます。
相談事例|見送りを選んだ4つの場面
結論: 相談の現場では、法人化を勧められて来られた方に、まだ早いとお伝えすることが少なくありません。
課税所得450万円で相談に来られたデザイン業の方。 同業者が法人化したと聞いての相談でした。小規模企業共済と確定拠出年金がまだ未加入で、控除の余地が残っていました。まずそちらを使い切る方向で進めています。
配偶者の扶養に入っていた教室運営の方。 法人化して役員報酬を取ると扶養を外れる状況でした。世帯で計算すると負担が増えるため、当面は個人事業のまま続ける判断をしています。
「あと3年で引退を考えている」――卸売業の方からのご相談です。法人を作っても、数年で解散と清算の手続きが必要になります。個人事業のまま、小規模企業共済で退職金を準備する形に切り替えました。
許認可の取り直しが重かった建設業の方。 法人化に伴う許可の手続きで、数か月の空白が生じる可能性がありました。工事の受注時期を考慮し、時期を調整して進めています。
よくある質問
法人化しないと将来的に不利になりますか?
法人化を見送る判断は、いつ見直せばよいですか?
個人のままだと信用面で困りませんか?
小規模企業共済と経営セーフティ共済は両方使えますか?
扶養に入っている場合、法人化は避けるべきですか?
法人を作った後にやめる場合、費用はどのくらいかかりますか?
まとめ:先に個人の制度を使い切る
法人化は、条件が揃えば有効な手段です。ただし、揃っていない状態で実行すると、均等割と社会保険料と事務コストだけが増えます。しかも、たたむときの負担は作るときより大きくなります。
見送るほうが合理的なのは、利益がまだ小さい、変動が大きい、扶養に入っている、数年内に引退の可能性がある、一人で完結する事業、許認可の取り直しが重い、資産管理が中心という7つの場面です。
そして、法人化を検討する前にやるべきことがあります。青色申告特別控除、小規模企業共済、経営セーフティ共済、確定拠出年金。個人のままで使える制度を、まず使い切ってください。これらを積み上げた後に残る課税所得が、判断の出発点になります。
先送りしても不利にはなりません。むしろ、消費税の免税期間を後に残せるという利点があります。毎年の決算後に見直す習慣をつけて、数字が動いた時点で検討し直せば十分です。
自社が法人化すべき段階かどうかを確かめたい方は、税理士法人Light UPの無料相談をご利用ください。直近の確定申告書と、加入している制度の一覧をお持ちいただければ、まだ使える制度から順にご説明します。
出典
- 国税庁 タックスアンサー No.5759「法人税の税率」
- 日本年金機構「厚生年金保険の保険料」
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構「小規模企業共済制度」「経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済制度)」
【メタディスクリプション】
法人化しないほうが合理的な7つの場面を整理しました。均等割や社会保険料で必ず増える負担、青色申告特別控除や小規模企業共済など個人のまま使える制度、後から法人化する場合の利点まで解説します。




