経営者の相続税対策|自社株以外も含めた考え方
監修税理士法人Light UP 代表社員(税理士) 中村 清誉
「自社株の評価さえ下げておけば大丈夫だと思っていました」「会社に貸している土地まで相続財産だとは考えていませんでした」――経営者の相続のご相談で、この2つはよく聞く言葉です。
結論からお伝えすると、経営者の相続税対策は自社株だけでは完結しません。会社に貸している不動産、会社への貸付金、個人で背負っている保証債務、そして自宅。これらを合わせた全体像で見なければ、納税資金がいくら必要かも、誰に何を渡すかも決められません。自社株の評価対策は、その全体の一部分にすぎません。
税理士法人Light UPでは、経営者の相続は税額を減らす作業ではなく、会社が続く形と家族が納得する形を同時に成り立たせる設計だと考えています。税額だけを追うと、経営権が割れたり納税資金が足りなくなったりします。
この記事では、財産の全体像の並べ方、納税資金の作り方、自社株以外の資産で見落とされやすい論点、令和8年度税制改正による貸付用不動産の評価見直し、そして相続人の間のバランス設計まで整理します。
経営者の相続が複雑になる3つの理由
結論: 経営者の相続は、財産の大半が換金できない自社株に偏っていること、個人保証などの債務も承継されること、経営権が相続人の間で分散する可能性があることの3点で、一般の相続と性質が異なります。
相続税の計算そのものは、経営者でも会社員でも同じ仕組みです。難しくなるのは、財産の中身と、会社の存続がそこに絡む点にあります。
換金できない財産に税金がかかる。保証債務も相続される
自社株は上場株式のように売れません。買い手がいない財産に、時価に相当する評価額で相続税が課されます。
現金が1,000万円しかない相続人が、自社株の評価額に対して数千万円の税額を負担する。この構造が、経営者の相続で最も重い問題です。
会社の借入について経営者が個人保証をしている場合、その保証債務は相続人に承継されます。プラスの財産だけを選んで相続することはできません。
「息子には会社を継がせるつもりはないので関係ないと思っていました」というお声を聞くことがありますが、相続放棄をしない限り保証は残ります。事前に保証を外せるかどうかを確認しておく価値があります。
経営権が割れる
法定相続分どおりに株式を分けると、後継者の持株比率が下がります。株主総会の普通決議には過半数、定款変更などの特別決議には3分の2以上の議決権が必要です。
きょうだいで均等に分けた結果、後継者が単独で意思決定できなくなる。こうした事態は、遺言がない相続で実際に起きています。
議決権が分散すると、決議そのものが通らなくなります。
まず財産の全体像を並べる
結論: 相続税対策は、財産目録を作るところから始めます。自社株の評価額、会社に貸している不動産、会社への貸付金、個人の借入と保証債務まで一覧にしないと、必要な納税資金が計算できません。
- 財産の一覧を作る:不動産、預貯金、有価証券、生命保険、自社株、その他の資産を並べます
- 自社株を評価する:直近3期の決算書をもとに試算します。ここに1か月ほどかかります
- 債務を洗い出す:個人の借入、連帯保証、会社への貸付金・借入金を確認します
- 相続人を確定する:戸籍で法定相続人を確認します。人数によって基礎控除額が変わります
- 概算の税額を出し、納税資金の不足額を計算します
会社への貸付金を忘れない。保証債務の扱い
社長が会社に資金を貸している状態は、中小企業では珍しくありません。この貸付金は、社長個人から見れば債権であり、相続財産になります。
回収の見込みが薄くても、原則として額面で評価されます。返ってこないお金に相続税がかかるという、納得しにくい構造です。生前に整理する余地があるかを検討しておきます。
保証債務は、原則として相続財産から控除できません。主債務者である会社が返済している限り、現実の負担がないためです。
会社の返済が滞る可能性が高いなど、一定の場合には控除が認められることがあります。判断が難しい部分ですので、税理士に確認してください。
相続税の計算の枠組み
結論: 相続税は、正味の遺産額から基礎控除を引いた額に課税されます。基礎控除は3,000万円に600万円と法定相続人の数を掛けた額を加えた金額で、申告期限は相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。
e-Govの法令検索で相続税法15条1項を引くと、遺産に係る基礎控除額は「三千万円と六百万円に当該被相続人の相続人の数を乗じて算出した金額との合計額」と定められています。相続人が3人なら4,800万円です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 基礎控除 | 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 |
| 生命保険金の非課税枠 | 500万円 × 法定相続人の数 |
| 死亡退職金の非課税枠 | 500万円 × 法定相続人の数 |
| 配偶者の税額軽減 | 1億6,000万円または法定相続分のいずれか多い金額まで |
| 小規模宅地等の特例(特定居住用) | 330平方メートルまで評価額を80%減額 |
| 申告期限 | 相続の開始を知った日の翌日から10か月以内 |
配偶者の税額軽減という両刃。10か月という期限
配偶者が相続すれば、1億6,000万円または法定相続分までは相続税がかかりません。目の前の税額は大きく下がります。
ただし配偶者が亡くなったときの二次相続では、この軽減が使えません。配偶者に寄せすぎると、二次相続で税額が跳ね上がることがあります。一次相続と二次相続を通算して考える。ここは経営者に限らず重要な視点です。
申告と納付の期限は10か月です。自社株の評価、遺産分割の協議、納税資金の準備をこの期間に済ませることになります。
分割協議がまとまらないと、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が使えません。期限内にまとまらない場合の手続きはありますが、負担は増えます。
納税資金をどう作るか
結論: 納税資金は、生命保険、死亡退職金、会社による自社株の買い取り、事業承継税制の納税猶予という4つの手段を組み合わせて確保します。どれか1つで足りることは多くありません。
自社株の評価を下げる話より先に、いくら必要でどこから出すのかを決める。順番としてはこちらが先です。
生命保険の非課税枠と、死亡退職金と弔慰金
死亡保険金には、500万円に法定相続人の数を掛けた金額まで非課税の枠があります。相続人が3人なら1,500万円です。
保険金は受取人固有の財産となるため、遺産分割協議を待たずに受け取れます。現金がすぐに手に入るという点が、納税資金として重要な性質です。
会社から支給される死亡退職金にも、500万円に法定相続人の数を掛けた非課税枠があります。生命保険の枠とは別に使えます。
あわせて弔慰金の枠もあります。業務上の死亡であれば普通給与の3年分、業務外であれば半年分までが弔慰金として扱われ、これを超える部分は退職金として課税対象になります。
会社が自社株を買い取る
相続人が相続した自社株を会社に売却し、その代金を納税に充てる方法があります。会社に資金があることが前提です。
相続により取得した非上場株式を、相続税の申告期限の翌日から3年以内に発行会社へ譲渡した場合には、みなし配当課税を行わず譲渡所得として扱う特例があります。期限のある制度ですので、相続後の早い段階で検討します。
事業承継税制という選択肢
一定の要件のもとで、自社株に係る相続税・贈与税の納付が猶予される制度です。特例措置を使うには特例承継計画の提出が必要で、令和8年度税制改正により提出期限は令和9年9月30日まで延長されています。
猶予であって免除ではないため、要件を満たせなくなれば納付することになります。使う場合は、打ち切りになる条件まで理解しておく必要があります。
自社株以外で見落とされやすい資産
結論: 経営者の相続では、会社に貸している土地建物、会社への貸付金、個人名義の借入、自宅の敷地という4つが見落とされがちです。いずれも評価や特例の適用で結論が変わります。
会社に貸している土地建物と、特定同族会社事業用宅地等の特例
社長個人が所有する土地に会社の工場や店舗が建っている、という形は中小企業で非常に多く見られます。この土地は個人の相続財産です。
貸付けの形態によって評価が変わります。無償で貸している場合と、相当の地代を取っている場合、権利金の授受があった場合で、それぞれ扱いが異なります。契約書がない状態が最も判断に困ります。
一定の要件を満たす同族会社の事業に使われている宅地については、400平方メートルまで評価額を80%減額できる特例があります。
要件には、その宅地を相続した人が申告期限までその会社の役員であることなどが含まれます。役員でなければ使えないという点は、承継の設計に直結します。
会社への貸付金と、自宅と小規模宅地等の特例
先に触れたとおり、社長から会社への貸付金は相続財産です。長年の資金繰りの穴埋めで積み上がり、数千万円になっている会社もあります。
生前に債権放棄する、資本に振り替える、役員報酬を下げて返済に回すなど、整理の方法はいくつかあります。ただし債権放棄は会社側で債務免除益が生じるため、税負担を確認したうえで判断します。
自宅の敷地は、特定居住用宅地等として330平方メートルまで80%の減額を受けられる可能性があります。誰が相続するかによって要件が変わります。
事業用の宅地と自宅の両方がある場合、限度面積の調整が必要です。どちらに特例を使うかで税額が変わるため、試算のうえで決めます。
令和8年度改正で貸付用不動産の評価が変わる
結論: 令和8年度税制改正により、課税時期前5年以内に取得または新築した貸付用不動産は、取得価額を基礎とした評価に見直されます。令和9年1月1日以後に相続等により取得する財産から適用されるため、直前の不動産購入による対策は前提が変わります。
相続税対策として賃貸不動産を購入するという手法は、長く使われてきました。路線価や固定資産税評価額が時価より低いことを利用した設計です。この前提に、期限付きの制限がかかります。
5年以内に取得したものが対象。適用は令和9年1月1日から
見直しの対象になるのは、被相続人等が課税時期前5年以内に、対価を伴う取引によって取得または新築した貸付用不動産です。取得から5年を超えて保有しているものは、従来どおりの評価になります。
不動産小口化商品については、取得の時期にかかわらず対象とされています。
令和9年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得する財産から適用されます。2026年8月時点では、まだ適用開始前の段階です。
なお、被相続人等が5年前から所有していた土地の上に新築した家屋には適用しない取扱いも設けられています。
直前対策は成り立たなくなる
相続が近づいてから借入で賃貸物件を買い、評価差額で相続財産を圧縮する。この設計は、5年という保有期間の壁によって働かなくなります。
もともと財産評価基本通達6項による否認のリスクを抱えていた領域でもあります。時間をかけられる人だけが使える手法になったと理解しておくのが実務的です。
取得から5年を経ないと、評価の圧縮が働きません。
生前贈与をどう組み合わせるか
結論: 生前贈与は、暦年課税の年110万円の基礎控除と、相続時精算課税の年110万円の基礎控除を使い分けます。令和6年1月以降の贈与から、相続前の加算期間は3年から7年へ段階的に延長されています。
暦年贈与と7年加算。相続時精算課税の年110万円
年110万円までの贈与には贈与税がかかりません。ただし相続開始前の一定期間の贈与は、相続財産に加算されます。
加算期間は令和6年1月1日以後の贈与から段階的に7年へ延長され、延長された4年間分については合計額から100万円を控除した残額が加算されます。駆け込みの贈与ほど戻される設計に変わりました。
令和6年1月から、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が設けられました。この基礎控除の範囲内の贈与は、相続財産に加算されません。
暦年贈与のような加算がない点で、使い勝手が変わっています。一度選択すると暦年課税に戻れないため、選択の前に試算が必要です。
教育資金の一括贈与は終了した
直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の非課税措置は、令和8年3月31日をもって終了しています。延長されませんでした。
過去に使えた制度が今も使えると考えたまま設計すると、前提が崩れます。制度を組み込むときは、その時点の期限を確認してください。
使えるうちに始めた分の扱いは残ります。新規に使う前提では組み立てられません。
相続人の間のバランスを設計する
結論: 後継者に自社株を集中させると、他の相続人との間で財産の偏りが生じます。遺留分は2019年の民法改正により金銭債権となったため、株式そのものが分割される事態は避けられる一方、後継者に金銭の負担が生じます。
遺留分は金銭で請求される
e-Govの法令検索で民法1046条1項を引くと、「遺留分権利者及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる」と定められています。
かつては株式そのものが共有状態になる問題がありましたが、改正により金銭債権として整理されました。ただし後継者にとっては、まとまった現金を用意する必要が生じます。
経営承継円滑化法の民法特例
推定相続人全員の合意により、自社株を遺留分の算定基礎から除外する(除外合意)、または合意時の価額に固定する(固定合意)ことができる制度があります。中小企業庁の確認と家庭裁判所の許可が必要です。
合意には全員の同意が要るため、関係が良好なうちにしか使えません。もめてから使える制度ではないという点が、この特例の性質です。
遺言と付言
自社株を後継者に集中させる場合、遺言は不可欠です。あわせて、なぜそう決めたのかを付言事項として残す会社が増えています。
法的な効力はありませんが、家族の納得という点で意味を持ちます。税額の計算では測れない部分です。
分け方の理由を書き添えると、争いになりにくくなります。法的な効力はありませんが、意図は伝わります。
進め方と時間軸
結論: 経営者の相続税対策は、5年から10年の時間軸で進めます。財産の把握、納税資金の確保、株式の移転、体制の整備という順で、毎年数字を測り直しながら進めるのが実務的です。
最初の1年でやること、その後に続く作業、毎年測り直す
財産目録の作成と自社株の評価、概算税額の把握。ここまでで現在地が分かります。多くの会社は、この段階で初めて必要な納税資金の額を知ることになります。
保険の設計、会社への貸付金の整理、経営者保証の見直し、株式の移転。それぞれに時間がかかり、順序もあります。
株価が下がった期に贈与を合わせるなど、タイミングを見る手もあります。
自社株の評価額は毎期変わります。会社の業績、資産構成、制度の改正。どれも動くため、一度作った計画をそのまま使い続けることはできません。
決算のたびに評価額を確認する。この習慣がある会社は、選択肢を持ったまま次の判断ができます。
よくある相談事例
製造業|工場の土地が個人名義/小売業|貸付金が積み上がっていた
自社株の対策は進めていた会社ですが、工場の敷地が先代の個人名義のままでした。相続財産としての評価額が自社株を上回っており、納税資金の見込みが大きく変わりました。
賃貸借の実態を整理し、特定同族会社事業用宅地等の特例が使えるかを検討する方針に切り替えています。株式だけを見ていた期間が長かったぶん、修正に時間がかかりました。
資金繰りのたびに社長個人が会社へ資金を入れ、その残高が積み上がっていたケースです。回収の見込みは薄いものの、相続財産としては額面で評価されます。
役員報酬を見直して段階的に返済する計画と、債権放棄をした場合の債務免除益の試算を並べ、数年かけて圧縮する方針を選びました。
建設業|二次相続で膨らんだ/卸売業|生命保険が納税資金として機能した
一次相続で配偶者の税額軽減を最大限に使い、税額をほぼゼロに抑えた会社です。その後の二次相続で、想定を大きく超える税額が生じました。
一次と二次を通算した試算をしていれば、配分は変わっていた可能性があります。目の前の税額だけで決めない、という教訓が残る事例でした。
自社株の評価額が高く、納税資金の不足が明らかだった会社です。非課税枠を意識した保険を組み、受取人を後継者にしていました。
相続発生後、分割協議を待たずに保険金を受け取れたことで、申告期限までの納税に間に合っています。現金がすぐ動くという保険の性質が働いた例です。
よくある質問
自社株の評価を下げれば相続税対策は足りますか?
賃貸不動産を買うのは相続税対策になりますか?
個人保証は相続人に引き継がれますか?
配偶者に多く相続させたほうが有利ですか?
どのくらい前から準備すればよいですか?
まとめ:税額より先に、納税資金と経営権を決める
- 経営者の相続は、換金できない自社株への課税、保証債務の承継、経営権の分散という3点で難しくなります
- 財産目録と自社株の評価から始めます。必要な納税資金が分かって初めて手段を選べます
- 納税資金は、生命保険・死亡退職金・自社株の買い取り・事業承継税制を組み合わせて確保します
- 会社に貸している不動産、会社への貸付金、自宅の敷地は見落とされやすい論点です
- 令和8年度税制改正で、5年以内に取得した貸付用不動産の評価が見直されます(令和9年1月1日以後の相続等から適用)
- 遺留分は金銭債権です。後継者に株式を集中させるなら、支払う現金の準備まで設計します
優先順位をつけるなら、税額を下げることより、納税資金を確保することと経営権を割らないことが先です。この2つが崩れると、会社そのものが続きません。
財産目録の作成と自社株の試算からで構いません。税理士法人Light UPの無料相談で、現在地の把握からご一緒します。





