インボイスの少額特例|1万円未満の取引
「少額なら領収書がなくても大丈夫と聞きましたが、本当ですか」。インボイス制度が始まってから、経理を担当されている方によくいただくご質問です。似た名前の制度が2つあるため、混同されている場面も多く見かけます。
結論からお伝えすると、1万円未満に関する制度は2つあります。ひとつは仕入れの側の「少額特例」で、もうひとつは売上げの側の「少額な返還インボイスの交付義務免除」です。前者には規模の要件と期限があり、後者にはどちらもありません。
税理士法人Light UPでは、この2つを分けて説明しています。自社が特例を使える規模かどうかで、実務が変わるためです。
この記事では、少額特例の要件と対象になる取引、1万円未満をどう判定するか、免税事業者からの仕入れとの関係、期限が来た後に何が変わるか、そして返還インボイスの側の免除との違いを整理します。
少額特例とは何か
結論: 一定規模以下の事業者について、税込1万円未満の課税仕入れであればインボイスの保存がなくても、帳簿の保存だけで仕入税額控除を認めるという措置です。
制度の正式な位置づけ
正式には「一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置」と呼ばれます。根拠は消費税法の本則ではなく、平成28年の改正法の附則に置かれています。本則の例外として、期間を限って設けられた措置という位置づけです。国税庁の案内では、対象になるのは令和5年10月1日から令和11年9月30日までの間に行う課税仕入れとされています。この期間を過ぎると、原則どおりインボイスの保存が必要になります。
何が免除されるのか
免除されるのはインボイスの保存であって、帳簿の保存ではありません。消費税法30条7項は、仕入税額控除の要件として帳簿と請求書等の保存を求めています。少額特例は、このうち請求書等の部分だけを外すものです。帳簿には引き続き、相手方の氏名、取引年月日、内容、金額の記載が要ります。領収書を捨ててよいという意味ではない点は、実務でよく誤解される部分です。
事務負担の軽減という趣旨
少額の取引ごとにインボイスの有無を確認し、区分して集計する作業は、件数が多いほど負担になります。とくに小口の経費が多い事業では、この確認だけで相当な時間がかかります。制度移行の期間中、実務が回るようにするための緩和措置という性格です。したがって、期限が来れば原則に戻ることが前提になっています。制度が定着するまでの猶予として設けられたものなので、恒久的な簡便法とは性格が違います。この点を理解しておくと、期限後の準備を先送りしにくくなります。
使えるのはどの事業者か
結論: 基準期間の課税売上高が1億円以下、または特定期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者です。どちらかを満たせば使えます。
基準期間の課税売上高1億円以下
基準期間とは、個人事業者ならその年の前々年、法人なら前々事業年度です。この期間の課税売上高が1億円以下であれば、少額特例の対象になります。納税義務の判定に使う1,000万円とは別の基準なので、混同しないよう注意が必要です。課税事業者であっても、1億円を超えていればこの特例は使えません。判定に使うのは課税売上高なので、非課税売上げは含めません。輸出免税の売上げは課税売上高に含まれるため、この点も確認が要ります。
特定期間の課税売上高5,000万円以下
基準期間で1億円を超えていても、特定期間の課税売上高が5,000万円以下であれば対象になります。特定期間とは、個人事業者ならその年の前年1月1日から6月30日まで、法人なら前事業年度開始の日以後6か月の期間です。この判定では給与等の支払額による代替が認められていません。納税義務の判定では課税売上高と給与のいずれかを選べますが、少額特例では課税売上高で判定します。この違いは見落とされやすい部分です。
判定は年ごとに行う
売上が伸びて基準を超えれば、その年から特例は使えなくなります。逆に、売上が落ちて基準を下回れば使えるようになります。毎年判定するという点を、経理の年間の作業に組み込んでおく必要があります。期の途中で判定が変わることはありませんが、翌期の処理方法が変わる可能性はあります。基準期間の課税売上高は決算が固まった時点で分かるので、判定は決算作業の一環として行うと確実です。翌期の運用を決めるところまでを、決算のチェックリストに入れておく方法をお勧めします。
1万円未満をどう判定するか
結論: 1回の取引の税込金額で判定します。商品ごとに分けるのではありません。同時に購入した複数の品物は合計で見るため、1点あたりが安くても対象外になることがあります。税抜の金額で判定すると境目を誤ります。
判定の単位は1回の取引
たとえば、8,000円の商品と5,000円の商品を同時に購入して合計13,000円を支払った場合、1回の取引の金額は13,000円なので1万円未満にはなりません。逆に、9,000円の取引を2回行った場合は、それぞれが1万円未満の判定になります。レシート単位で見るというのが実務の感覚に近い理解です。同じ相手との取引でも、支払のタイミングが分かれていれば別々に判定します。
税込金額で判定する
判定は税込の金額で行います。税抜9,500円の商品は、消費税を加えると10,450円になるため、1万円未満にはなりません。税抜で1万円未満でも対象外になることがあるという点は、境目の金額でよく問題になります。9,090円(税抜)までであれば税込で1万円未満に収まる計算です。軽減税率の対象であれば9,259円まで収まります。税率によって境目が変わるため、飲食料品を扱う事業では別に確認しておく必要があります。
継続的な取引の扱い
月額の顧問料や賃料のように、契約に基づいて継続的に発生する取引では、1回の支払の金額で判定します。ただし、1か月分をまとめて請求される取引で、内訳に複数の役務が含まれている場合も、請求の単位で判定するのが原則です。契約や請求の単位で1万円未満かを見るという整理になります。判断に迷う取引がある場合は、税務署または顧問税理士に確認するほうが確実です。年払いの契約を月額に換算して判定することはできません。実際に支払った1回の金額で見る点は、どの取引でも共通しています。
| 取引の例 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 税込9,800円の消耗品を1回購入 | 対象 | 1回の取引が1万円未満 |
| 税込8,000円と5,000円を同時に購入 | 対象外 | 1回の取引が13,000円 |
| 税抜9,500円(税込10,450円)の購入 | 対象外 | 税込で判定するため1万円以上 |
| 税込9,000円の取引を月に3回 | 対象 | それぞれ1回ごとに判定する |
| 月額税込8,800円の顧問料 | 対象 | 1回の支払が1万円未満 |
免税事業者からの仕入れとの関係
結論: 少額特例の対象になる取引であれば、相手が免税事業者でも全額を控除できます。経過措置の割合による制限を受けません。
経過措置との違い
インボイス制度の経過措置では、免税事業者からの課税仕入れについて、一定期間は仕入税額相当額の一定割合を控除できるとされています。この割合は段階的に下がっていきます。一方、少額特例の対象になる取引では、相手が適格請求書発行事業者かどうかを問いません。1万円未満であれば、免税事業者からの仕入れも全額が控除の対象になります。この点が、少額特例の実務上の効果として最も大きい部分です。
相手を確認しなくてよい
少額特例を使える事業者であれば、1万円未満の取引について相手の登録の有無を調べる必要がありません。登録番号を確認し、登録がなければ経過措置の割合で計算するという作業が省けます。小口の経費が多い事業ほど、この効果は大きくなります。飲食費、交通費、少額の消耗品といった支出が該当します。従業員が立て替えた経費の精算では、1件ごとに登録番号を確認する作業が省けるため、経理の工数が目に見えて変わります。
期限後は確認が必要になる
令和11年10月1日以後は、この特例が使えなくなります。1万円未満の取引についても、相手が登録事業者かどうかを確認し、インボイスを保存する必要が生じます。いま省けている作業が、期限後に戻ってくるということです。経費精算の運用を見直す時期として、この日付を意識しておく価値があります。取引先の登録状況を一覧にしておけば、切替えの負担は小さくなります。継続的に取引する相手については、いまのうちから台帳に登録番号を持たせておくと後で楽になります。
帳簿には何を書くか
結論: 課税仕入れの相手方の氏名または名称、取引年月日、取引の内容、支払対価の額。この4つが基本です。
記載すべき事項
消費税法30条8項は、仕入税額控除の要件となる帳簿の記載事項を定めています。相手方の氏名または名称、課税仕入れを行った年月日、課税仕入れに係る資産または役務の内容、支払対価の額の4項目です。軽減税率の対象であればその旨も記載します。少額特例を使う場合も、この記載は必要です。会計ソフトに入力していれば、これらの項目は自動的に帳簿に残ります。手書きの現金出納帳を使っている場合は、内容の欄が空欄になっていないかを確認してください。
特例を使う旨の記載は不要
一部の特例では、帳簿に「少額特例」といった記載を求めるものがありますが、この少額特例では特別な記載は求められていません。通常の帳簿の記載事項があれば足ります。追加の作業が発生しないという点も、事務負担の軽減という趣旨に沿っています。ちなみに、3万円未満の公共交通機関の運賃や自動販売機での購入など、インボイスの交付義務が免除される取引では、帳簿にその旨と相手方の所在地の記載が求められます。少額特例とは要件が違うため、混同しないよう注意が要ります。
領収書の保存義務は別に残る
仕入税額控除の要件からは外れますが、法人税法や所得税法に基づく帳簿書類の保存義務は別に存在します。領収書やレシートは、これらの規定に従って保存する必要があります。消費税の要件が外れても、書類を捨ててよいわけではないという点は、実務で必ず確認しておくところです。電子取引で受け取ったデータについては、電子帳簿保存法の規定にも従います。
売上げの側の1万円未満
結論: 少額な返還インボイスの交付義務免除という別の措置です。規模の要件も期限もありません。
返還インボイスとは
消費税法57条の4第3項は、売上げに係る対価の返還等を行う適格請求書発行事業者について、「次に掲げる事項を記載した請求書、納品書その他これらに類する書類…を交付しなければならない」と定めています。e-Gov 法令検索で条文を確認できます。値引き、返品、割戻しを行ったときに交付する書類が、適格返還請求書です。売手が交付するものなので、買手の側で気にする場面は多くありません。ただし、受け取った側は控除の金額を修正する必要があります。
1万円未満は免除される
同項のただし書は、「当該売上げに係る対価の返還等の金額が少額である場合その他の政令で定める場合は、この限りでない」として交付義務を外しています。この少額の基準が税込1万円未満です。規模の要件がなく、期限もない恒久的な措置という点が、仕入れの側の少額特例との大きな違いです。売上高が大きい会社でも使えますし、令和11年10月以降も続きます。名前が似ているために同じ制度だと思われがちですが、根拠も内容も別のものです。
振込手数料の処理で使われる
売掛金の入金時に、振込手数料が差し引かれて入金されることがあります。この差額を売上げに係る対価の返還等として処理する場合、本来は返還インボイスの交付が必要でした。金額が1万円未満であれば、この免除により交付が不要になります。実務で最も多く使われている場面がこれです。なお、差額を支払手数料として処理する方法もあり、その場合の取扱いは別になります。
期限が来たら何が変わるか
結論: 令和11年10月1日以後の課税仕入れから、規模にかかわらず原則に戻ります。準備は前もって進めておく必要があります。
確認する作業が復活する
1万円未満の取引についても、相手が適格請求書発行事業者かどうかを確認し、インボイスを保存することが控除の要件になります。免税事業者からの仕入れについては、経過措置の割合による計算に戻ります。経費精算の件数が多い事業ほど、影響は大きくなります。現在の運用が特例に依存している場合、期限の前に見直しが必要です。切替えは課税仕入れを行った日で判定するので、期の途中でも令和11年10月1日から扱いが変わります。決算期によっては、1つの事業年度の中に両方の期間が入ります。
準備しておくこと
主要な取引先の登録状況を一覧にしておくこと、経費精算のシステムで登録番号を管理できるようにしておくこと、そして従業員が領収書を確実に提出する運用にしておくこと。この3つを前もって整えておけば、切替えの負担は小さくなります。特に従業員の経費精算は、運用が定着するまでに時間がかかります。少額の支出で領収書をもらわない習慣がある職場では、その習慣を変えるところから始める必要があります。半年から1年の準備期間を見ておくと安全です。
制度の見直しがある可能性
期限が延長されたり、内容が変更されたりする可能性はあります。ただし、現時点で決まっているのは令和11年9月30日までという期限です。決まっていることを前提に準備し、変更があれば対応するという順序で考えるほうが安全だと思います。制度の動きは毎年12月の税制改正大綱で示されます。延長される前提で準備を止めてしまうと、延長されなかった場合に対応が間に合いません。経費精算の運用を変えるには時間がかかるため、期限の1年前には着手しておく形が現実的です。
実務で間違えやすい点
結論: 規模の要件を確認していない、税抜で判定している、領収書を捨ててしまう。この3つが典型です。
規模の要件を確認していない
少額特例は、すべての事業者が使えるわけではありません。基準期間の課税売上高が1億円を超え、特定期間の課税売上高も5,000万円を超えている事業者は対象外です。自社が対象かを確認せずに運用しているという例が実際にあります。売上が伸びている会社では、ある年から対象外になることもあります。基準期間は前々期なので、売上が伸びた2期後に対象外になるという時間差があります。この遅れが、気づきにくさの原因になっています。
税抜で判定している
判定は税込金額で行います。税抜9,500円は税込10,450円なので対象外です。会計ソフトの入力を税抜で行っている場合、画面上の金額で判定してしまう誤りが起きやすくなります。判定に使う金額と入力する金額が違うという点を、運用の手順に明記しておくと防げます。会計ソフトによっては、税込金額を表示する設定に切り替えられます。判定の作業をする画面だけでも税込表示にしておくと、間違いが減ります。
領収書を捨ててしまう
仕入税額控除の要件から外れることと、書類の保存義務がなくなることは別です。法人税法や所得税法に基づく保存義務は残ります。税務調査で支出の内容を確認される場面では、領収書が根拠になります。少額特例は、あくまで消費税の控除要件に関する措置です。保存期間は法人税法では原則7年、青色申告で欠損金が生じた事業年度は10年とされています。消費税だけを見て判断しないでください。
事例:規模の要件を確認していなかった会社
卸売業を営む会社から、経理の運用についてご相談をいただきました。1万円未満の経費についてインボイスを確認しない運用にされていました。
売上が前々期に大きく伸びていました。
課税売上高は1億2,000万円を超えていました。
基準期間の課税売上高が1億円を超えていたため、少額特例の対象外です。特定期間の課税売上高も6,000万円ほどあり、こちらの基準も超えていました。つまり、当期は原則どおりインボイスの保存が必要な状態でした。
対応として、当期分の経費について領収書を確認し、登録番号の有無で区分し直しました。幸い領収書は保存されていたため、集計の作業だけで済んでいます。
特例を使えるかどうかを、期首に確認する運用にしていなかったことが原因です。売上が伸びた翌々期に対象外になるという時間差があるため、気づきにくい構造になっています。現在は、期首の作業の一覧に判定を入れています。
よくある質問
少額特例とは何ですか?
どの事業者が使えますか?
1万円未満はどう判定しますか?
免税事業者からの仕入れも対象ですか?
領収書は捨ててもよいですか?
売上げの側の1万円未満とは何ですか?
まとめ:2つの制度を分けて理解する
1万円未満に関する制度は2つあります。仕入れの側の少額特例と、売上げの側の返還インボイスの交付義務免除です。
少額特例には、基準期間の課税売上高1億円以下または特定期間5,000万円以下という規模の要件と、令和11年9月30日という期限があります。対象になる取引では、相手が免税事業者でも全額を控除できるため、小口の経費が多い事業では効果が大きい措置です。
判定は1回の取引の税込金額で行います。商品ごとではなく、税抜でもありません。この2点が実務でよく間違えられるところです。
一方、返還インボイスの交付義務免除には規模の要件も期限もありません。振込手数料が差し引かれて入金された場合の処理で、多くの会社が使っています。
そして、少額特例が使える場合でも領収書の保存義務は別に残ります。消費税の控除要件から外れるだけで、法人税法や所得税法の保存義務は変わりません。
令和11年10月1日以後は原則に戻るため、主要な取引先の登録状況の把握と、経費精算の運用の整備は前もって進めておくことをお勧めします。
税理士法人Light UPでは、インボイス制度への対応と経理の運用についてのご相談を承っています。お気軽にお問い合わせください。
出典
- e-Gov 法令検索「消費税法」(昭和六十三年法律第百八号)第30条、第57条の4
- e-Gov 法令検索「所得税法等の一部を改正する法律」(平成二十八年法律第十五号)附則
- 国税庁「インボイス制度に関するQ&A」
- 国税庁「少額特例(一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置)の概要」




